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妹の暇潰し  作者: 王手
妹の才能潰し
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「ほう、この騒ぎでも逃げ出さない奴がいるとはな」



その声で僕はハッと、隣に人の気配がするのに気が付いた。


正直相当驚いた。



「それともこれが何かのイベントでも勘違いしてるのか?」



そこには白い礼服を着た男性が立って居た。


何でだろう。


決して奇抜な格好ではないのだが、変に見える。


この街には全身白い衣装では少し合わないのか、周りの風景に浮いて見えた。



「ど、どなたですか?」



咄嗟にこの質問が僕の口を衝いた。


はっきり動揺していた。



「名乗るほどの者ではない」



いや、あるだろ。



「私は自分の名前が嫌いなのだよ。強いて言えば名乗りたいような名はない、と言っておこう」


「は、はあ・・・」



やけに思わせ振りな台詞である。


僕は目を丸くして呆然とするしかなかった。



「・・・・・・入れ違いか」


「え?」



白服の男が何か呟いたようだが、聞き取ることはできなかった。



「いや、何でもない。ところで、君の身近に俗に天才と呼ばれる人間はいるかな?」


「何ですか、藪から棒に・・・・・・」



居るか居ないかと言えば居るのだが。


易々と返事するようには、この白服の男の警戒レベルは下げられない。



「別に居ないならいいのさ」



フンッと白服は笑った。



「ただ、この街に普通を逸脱し過ぎるような天才が複数いるのなら、私も働かなくてはいけないと思ってね。自分でやっていて酔狂だと思う。しかし、これが私の生き甲斐なのさ」


「あの、さっきから何を言ってるのでしょうか・・・・・・?」



白服は僕の言葉をフンッと笑った。



「我ながら喋り過ぎてしまったようだ。今から伝説級の化物を相手取るというのに。年甲斐もなく緊張してるかな」


「・・・・・・」


「さらばだ、少年。また会わないことを祈ってるよ」



そう言って白服の男は去って行った。



「何だったんだ・・・・・・?」


僕は男の背中を見送る。


そしてこの時、付近で爆発が起きて人々が走って逃げている中、平然と突っ立っている僕も異常だが、あの白服の男も十分に異常だという事に気が付いた。


もしかしたら気付けなかったのかもしれない。







「やあ、偶然」



駅に向かって歩き出して直ぐ、そう声を掛けてきたのは鬼怒川夜見世その人だった。


すぐに合流するって言っても早過ぎるだろ・・・。


この辺で僕の考察場面(シーン)があってもいい頃だと思っていたが、それが作者か妹か知らないが、僕に単独行動はとらせないらしい。


過保護である。



「なあ君、突然だが怒らないで聞いてくれ」



鬼怒川先輩は僕の隣について少し焦った顔で言った。



「何ですか?」



「さっき壁を駆け上がっていく麻香ちゃんらしい女の子を見掛けたのだけど・・・・・・見間違いだよな・・・・・・?」



「・・・・・・多分人違いです」



刹那迷ったが、麻香の奇行は僕の胸だけに仕舞っておくことにした。


九分九厘妹だが、万が一にも僕と鬼怒川先輩の見間違えという懸念も禁じ得ない。


まあ、こんなことを出来るのは麻香ぐらいしか存在しないのだが。



「うーん。今日は信じられないことが続く」



鬼怒川先輩は溜息を吐いて言う。



「突然大きな音がして目の前の車が爆発したり、後輩の妹に似た人物がゲーセンの壁を駆け上がったり、そしてそれを見上げたままいくつもの紙袋を手に提げて呆けている後輩が居たり。確認したいのだが、今、緊急事態だよな?」


「・・・・・・」


「まさに空前絶後で急転直下、青天の霹靂だ」


「同感です」



日本語というものは恐ろしい。


これまでの数ページはその一言に集約されるだろう。



「先輩はどうしてここに?」


「学用品の調達だ。不本意ながら大学受験を控える身となってしまったからな。壬生高校は進学校で教材も優秀なものを厳選してるから、買い足すようなことはしないがな。如何せん自分独自のお気に入りの教本というものがある。今日はそれを買いに来ていたのだ」


「先輩にはお気に入りの問題集があるんですか・・・?」



僕には到底辿り着かない境地だろう。


お気に入りがあるという事は気に入らない問題集も存在するわけだ。


つまり、数多の問題集をこなさなければ、自分の好悪は確認出来ないということになる。



「聞いても分からないでしょうが、因みに先輩のお気に入りは何所の出版社ですか?」



聞いても直ぐに反対側の耳から出て行ってしまいそうだったが、一応聞いてみた。


僕が困ったときは麻香に訊けば万事解決するから、記憶に留める必要は殆どない。


僕はかなり失礼な奴だった。



「集英社だよ」


「えっ、集英社ですか?」



ジャンプとかプレイボーイとかの、集英社だよな。


高校の教材なんて取り扱ってたんだ・・・・・・。


知らなかった。



「今日も買ってきたんだ。見せてあげよう」


「ぜひ見せてください。どんなものを出版してるか気になります」




本屋特有の紙袋から出てきたのは『To LOVEる -とらぶる- ダークネス』だった。




「どこが教本だーい!」



この単行本から何を学ぶ気なんだ!?


感心していた僕が馬鹿だった!


煌めき始めていた先輩の威光は音もなく消失した。



「いやあ、最近まで湯気が充満した少年漫画は読む必要はないだろうと思っていたが、浅はかだったよ。鬼怒川夜見世、ここ数年でこれだけ後悔したことはなかっただろう。店頭で何気なく手に取ってみれば何だこれは?! 驚愕したよ」


「まあ、確かにダークネスになってかなり過激になりましたね」



僕も復活したと聞いてコンビニで立ち読みしようとしたが、恥ずかしくて諦めてしまったのだ。



「驚天動地とはこのことだ。一番驚いたのはこの本が成人コーナーではなく一般の売り場に置いてあったことだ」


「R規制されてもおかしくないですよね、この内容は」



僕はページをパラパラと捲ってもらって、鬼怒川先輩の言葉に頷いた。


コンビニの時はすぐに本を閉じてしまったので、この単行本は初見に近い。


それにしても酷い。


・・・・・・・・・、むむむ、これは・・・・・・。



「さて」



と、先輩は本を閉じて袋に戻す。



「君はどこに向かっているのかな?」


「あ、そういえば先輩には言ってませんでしたっけ?」


「行先どころか君のしようとしてることさえ聞いてないよ」



すっかり失念していた。


麻香の言う事には先輩はこの事件に関わることになるので、ある程度の事情は知らねばなるまい。


しかし何と言っていいのか、想像もつかない。


そこで一番簡略的に僕ら兄妹の目的を述べてみた。



「妹がこの事件を解決するので、僕も尽力しています。今はこれから駅に行ってこの荷物をコインロッカーに預ける予定です」


「そうか。分かった。では私に出来ることは何かな? 否、手伝わせてくれ。後輩とその妹が正しいことをするのだから当然だ。詳細は聞くまい。そもそも私が君に協力することに理由など要らない」


「・・・・・・」



きっと誰かが朝食のカレーに惚れ薬を仕込んだに違いない。


誰だ。


この滅茶苦茶かっこいい人は!



「いや、これは言い訳過ぎないよ。本音を言えば君に恩返しがしたいのだ」


「へ?」



先輩のあまりにも突拍子のない言葉に僕は意表に突かれた。


恩返し?


何の事だろうか。



「ほら、学園祭のことだよ。君は私を守ってくれた」


「いや少し待ってください、先輩」



そんな風に思われていたとは予想を大きく外していた。



「先輩が恩を感じることはありません。あれは僕が好きなように暴れただけですから」



僕が勝手にやったこと。


先輩にとっては有難迷惑とも言えるかもしれない。


僕のせいで起きてしまった不祥事を、麻香の手を借りて揉み消そうとしたに過ぎない。


そりゃ多少は先輩を想う気持ちもあったけど。



「それで十分だ。私が君を好く理由も、恩を感じる理由も。気にしなくていい。言っているだろう。恩がどうとか議論する以前に、私が君に力を貸す理由など不要なのだから」



そう言って私の持つ紙袋を片手分、引っ手繰る様に奪った。



「まずは駅なんだろう? こんな便利な先輩は利用しなくちゃ損だぞ?」



鬼怒川先輩は口角を上げた。


僕の意地もこの人の前では直ぐに張れなくなる。


僕は自分の幼稚さを実感した。



「・・・・・・では先輩、訊きたいことがあります」


「何でも聞きたまえ」


「鬼怒川先輩の姉にあたる鬼怒川世冨慶さんの事です」



先輩は目を見開いて驚いた。



「君が何故その名前を知ってるんだ? そんな質問は予想だにしなかったよ。どうしてこんなときに姉さんの・・・・・・」



ここで先輩は素早く結論に思い当たった。


僕の意味有り気でストレートな質問からでは大半の人でも分かっただろう。



「帰って来てるの?」



有無を言わせぬ短い一言で、僕の無言は恐らく肯定として受け取られた。


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