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妹の暇潰し  作者: 王手
妹の才能潰し
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306

外に出ると遠くにいくつかの黒煙が昇っているのが見えた。


周囲は騒然としていて、何が起こったのか誰一人として分からないようだった。


ただし。


一人を除いて。



「おい、テロってどういうことだ?」



僕は唯一この状況を把握する妹に声を掛けた。



「そのまんま。詳しくはテロリズムではなくテロル自体の方だけど、どっちにしろ日本では珍しいね」



麻香は淡々と答えた。


そんな対応に、僕は柄もなくイラついてしまった。



「そんなことを聞いてるんじゃない」


「何が聞きたいの?」


「この街に何が起きてるか、概括を教えてくれ」



「聞いてどうするの?」



ここで僕は初めて麻香の方に向き直った。妹の顔を見て僕はたじろぐ。


彼女はリラックスして涼しい顔をしていた。さっきまでのテンションが嘘のように。まるでいつも通りの平和な日々の真っただ中にいるように。


聞いてどうするの? と麻香は再度、絶句する僕に訊く。



「兄貴はこのテロ事件のことを知って何が出来るの? ちんけな一市民が行動を起こして何が改善されるの? 主人公だから無駄な正義感にかこつけてどうにか出来ると思ってるの?」


「・・・・・・」


「考えて、兄さん。私の兄さん。いい加減私に諭されるのは止めてもいいんじゃない? そろそろ自発できても良いんだよ。今、兄さんに出来ることは一体何? この緊急事態を解決する最善策。兄さんはずっとそうしてきたじゃない。混乱しないで」



麻香は態々呼称を変えて僕に詰め寄った。


確かに僕にこの状況を打破できるものは何もない。


いくら僕がこの物語を語っているとしても、大概の奇跡どころでは収拾はつかないだろう。


いくら急展開といってもそんなチートは身勝手すぎる。



「ゆっくり考えてる暇はないよ、兄貴。この事件には茅ヶ崎栄と鬼怒川夜見世が関わってくる」


「な、に・・・・・・?!」


「どちらも全く別の立場からだけど、二人共重要な位置からこの事件に巻き込まれるよ」


「お前、それなら・・・・・・!」



それこそ、こんなところで一休さん宜しく問答している場合じゃないだろう!



「だからこそだよ」



麻香は顔色変えずに僕に向かう。



「この事件の終息には兄貴の一言が絶対条件。ここで兄貴が答えを導いてくれないと『灰に帰す聖夜(ホワイトクリスマス)』どころか、元日まで終わらないよ。」


「・・・・・・・・・」



麻香は一体僕に何を求めているのか。


見当もつかない・・・・・・わけじゃない。


本当は僕にも分かっていた。


これまでなら当然の事の様にしてきたこと。


いつまでも当たり前と思うな、ということ。


要は大人になれってことだ。



「麻香」


「何?」


「このテロは警察が解決にあたるんだよな」


「まあ、そうでしょ。この規模の爆弾テロだから自衛隊も動くかな。国家機関とは別の組織も動くだろうけど」



「なら、さ」



僕は言った。



「手伝ってやれよ」



「は?」


「だから事件解決を、だよ。僕は無理でもお前なら出来るだろ。僕だって可能な限りお前に協力する。無事に終わればまた買い物に付き合ってもいい」


「・・・・・・」


「だから頼むよ、妹。さっさとこの異常をいつものお前の異状にしてくれよ」



・・・・・・。


これでいいのかよ。



「27点。赤点だね」


「・・・・・・麻香」


「でも良いよ。次の買い物も付き合ってくれるんでしょ。折角のどれ・・・執事候補、捨てるには惜しいでしょ」


「お前今奴隷って言おうとしたな?!」



実兄を何だと思ってる?!



「不肖な兄の妹、麻香。一張羅を脱ぎますか!」


「不肖な兄って何だ?!」



そして『いっちょ一肌脱ぎますか!』だろ?!


繋がってる繋がってる。



「やると決まれば徹底的にする必要があるね」



麻香は指を鳴らしながらストレッチを始めた。


恐ろしいほど入念に、素早く筋肉を解す。


普段絶対に使わないだろう部位も解していく。


壁登りでもする気か、お前は。


不意に僕の紙袋の一つの中に手を突っ込み、黒いスーツを取り出した。二つ前の店で僕の『いつ着るんだよ、このスーツ』という横槍を無視して購入したものだ。



今、使うのかよ!



「さて、丁度逃げ惑う人が居なくなったところで着替えちゃいますか」



そう言って麻香は服を脱ぎ始めた。



おおおおおおおおい。



いくら僕たちが話し合っているときに、この辺の人たちが走って逃げって行ったのを確認してるとはいえ、誰かが来たら大騒ぎだぜ?!


それにこの小説始まって以来のサービスシーンじゃないのか?!


誰かこの場面だけで良いから挿絵を描いてくれ! いや、描いてください!


鬼怒川先輩の水着とは別のベクトルのサービスシーンである。



「さすが変態王の称号を持つ男。読者にまで呼び掛けるなんて愚の骨頂。ふふっ。大丈夫だよ。私は見られても気にしないし」


「気にしな・・・・・・?!」



ブラとパンツ姿だけになった妹が、堂々と腰に手を当ててポーズを決めていた。



「変態王の称号はお前に譲り渡す!」



本当に一張羅を脱ぎやがった。


いや、あれだ。


ここが妹の部屋とか僕の部屋とか、我が家の領域内なら僕は変態王として君臨しても良いのだけれど。


路上だぜ?!


公道だぜ?!


とんだ露出狂だよ!



「一体誰の話をしてるの?」


「お前のこ・・・・・・何?! もう着替えは済んでいるだと?!」



麻香は既にスーツ姿でそこにいた。


早着替えという概念すら吹き飛ばすスピードだった。まさに一瞬である。


麻香は髪の毛をポニーテールに結び、最後にレザーグローブを両手に嵌めて向き直った。


当然、脱いだ衣類は紙袋に入れて再び僕の手に戻った。



「戦闘準備完了」


「スパイみたいだな」



僕は見たまんまの感想を述べた。


どこかのハリウッド映画で主演女優を務めるような雰囲気である。


当然、アクション。


まあ、中身は狂戦士(バーサーカー)なんだろうけど。



「魔法使いだよ」



テンションが上がってるのだろうか、僕には理解できない言葉のギミックがあったのか、麻香は意味不明なことを呟いた。



「さて、それじゃあ作戦会議と洒落こみますか!」


「良いから真面目にやってくれ」



洒落込んでる場合じゃねえんだよ。


テロだよ、テロ。



「まあ、実際作戦会議というより一方的な指示だけどね」



一度しか言わないからしっかり覚えて、と麻香は前置きした。



「兄貴はこれから駅に向かってその荷物をコインロッカーに預けてきて」


「ただのパシリじゃねえか!」



滅茶苦茶私事じゃねえか。


仕事にもなってない。



「でも兄貴、それを持ったまま夜まで歩くのはさすがに辛いでしょ?」


「ん、まあ確かに」



こうなることが分かってたなら前もって置いて来れば良かったのに、とも思う。



「それじゃあ最初の指示はそれだけ。ミッションクリアしたらこっちから連絡するから、解散!」


「いやいやいやいやいや! 解散じゃねえよ!」



明らかゲーム感覚で楽しんでやがる。


深刻な事件じゃないのか?

 

これは・・・・・・。



「ま、死ぬかもしれないわけだから、無理矢理でも楽しまないと足が動かなくなっちゃうよ。安心して。私とは別行動だけどすぐにパートナーと合流するから!」


「パートナー・・・? 誰だよ?」


「会長さん」


「鬼怒川先輩? そういえば先輩も茅ヶ崎もこの事件に関わってるって言ってたけど、どんな風に関係してるんだ?」


「栄はにわかというか、偶然巻き込まれた要素が強いけれど、会長さんなんかドンピシャだよ」



だってこの爆弾テロが起こった原因は、と麻香は楽しそうに言った。



鬼怒川世冨慶(よふけ)。そう、会長さんの姉がこの街に帰ってきたことが原因なんだから」


「鬼怒川、よふけ・・・?」



僕は耳を疑う。


確かに鬼怒川先輩には行方不明の姉がいると彼女自身から聞いたころがある。


しかし、その姉が帰って来たから、だって・・・?



「まあ細かい事情は兄貴に言っても分かんないだろうから言わないけど、鬼怒川世冨慶は組織に追われている。って感じで理解して」


「組織だあ?!」



いつからこの小説はこんなフワフワした単語を扱うようになったんだ?!


本当に映画気分かよ。



「そう、テロを起こした組織ね。まあ頑張ってよ。私も頑張るからさ」



そして麻香は『ゲームセンター NEW ABE』の壁に向かい、ゆっくりと息を吹いて壁を登って行った。



手は使わず、自らの脚だけで。



「・・・・・・本当に登りやがった・・・・・・・・・」



僕は突っ込むことも忘れて、しばらく壁を見上げる事しか出来なかった。


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