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妹の暇潰し  作者: 王手
妹の才能潰し
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僕は1プレイ百円という法外な価格で遊びを提供するゲームセンターという存在を好ましく思っていないので、今日、ここ『ゲームセンター NEW ABE』に訪れたのはかなり久し振りのことだった。


中学生の頃、それも『一時』と呼ばれるような短い期間に僕はこのゲームセンターに出入りしていた。その理由も簡単で、中学生になって自分が少し大人になった気がしたという勘違いと、一種の背伸び的なものであった。


当然、それは僕だけではなかった。


周囲の友達がこぞってゲームセンターに行きたがった。大してお金も持ってないくせに、である。クラスメイトの女子達はまるでトレーディングカードを集めるようにプリクラを手帳に並べていた。


こういう経験は誰でもあるだろう。


今思えば両親が汗水たらして働いた賃金が、このようなくだらないことで消えてゆくことにほんの少しの怒りと後悔がある。


しかしかくいう僕も行き始めたころは僅かなお小遣いをドブに捨てていた。


どこかで『クレーンゲームは貯金箱』と聞いたことがある。


僕はその格言を聞いた瞬間、衝撃を受けた。


ある意味、初めて『サラダ記念日』を呼んだ時よりも強い衝撃を受けたのかもしれない。


それから僕はゲームセンターに行ってもお金は使わなくなった。


幸い友人に『名人』と呼ばれる程のゲームセンターの猛者が居た為(因みに妹の通り名は『女神』)、その『名人』の神業を見るだけで退屈はしなかった。


さらにしばらくして僕はゲームセンターに行くことさえも止めた。これは僕の技術だとか友人のせいとかではなく、単に高校受験を控えていたからであった。


さて、本日何故ここに来たかというと、心行くまで買い物を楽しんだ麻香に、



「久し振りに店員を困らすか」



という迷惑極まりない理由で連れて来られたのである。



両手には沢山の紙袋。



その両手というのは当然、執事扱いのぼくのものである。


麻香は服を探したりだとか、比べたりする過程を悉くスルーして目的の店、目的の服へと、さながら決められたコースを走る車の玩具の様に、颯爽と商品をレジへ運んだ。いや、運んだのは僕なのだけれど。


『その過程こそが女性のショッピングの楽しみではないのか?』という質問については、『どこに何があるか知ってるんだから楽しむも何もないでしょ』という天才独自の悩み(?)で一蹴された。


女性の買い物は長い、という通説とは裏腹に、わざとその説に抗おうとするような立ち止まることを知らない麻香の付添は大変楽だった。


だが、それは暇を持て余すという時間的な問題の面だけである。



・・・・・・。



こんなに買う必要があったか、甚だ疑問だ。



「たかが服なんだからもう少し頑張ってよ」



お札を小銭にくずしながら麻香は言った。



「服にだって重さがあることぐらい知ってんだろうが」



その質量と体積で、紙袋は下手なダンベルよりも腕に負担を掛ける代物となっていた。


僕は片手に財布だけを握る姿を睨む。



「よぉーし。太鼓の達人でもやっちゃおうかな」


「無視かよ」



そして無駄に機嫌が良い。


『よぉーし』なんて言うキャラじゃないだろうが。


こういうテンションは逆に不気味である。



「いやね、兄貴。たくさん買い物をしたのに何故か手が軽いんだよ」


「お前の眼に僕の醜態は映らない仕組みか?!」



都合が良すぎる視覚と記憶である。



「まあまあ、気にすることないよ。それじゃあお詫びとお礼を兼ねて、太鼓の達人の2P分の代金を払ってあげよう」


「たったの百円じゃねえか!」



ちゃちいわ。



「されど百円だよ。無駄にしちゃいけないよ」


「何で僕が諭されてるみたいになってるんだよ」



それに、僕はお前と一緒に叩きたくないんだけれど。


オートプレイのように全て『良』でフルコンボする妹の隣では、誰でも気が引けてしまうだろう。


自分の中途半端な技術を披露したくない。



「じゃあ手加減して全部『可』でフルコンボしてあげる。曲は何にする?紅?」


「そんなハンディキャップ貰っても勝てないことが目に見えてるわ・・・」



相当難易度が高いんだろうな・・・。


とはいえ、折角ゲームセンターまで来て奢ってくれるというのを断るのも勿体無い。僕はプレイ用のバチを手に取るべく、両手の紙袋を床に置いた。



否、置こうとした。



手放そうかという時に麻香から叱責がとんだのである。



「ちょっと、買ったものは手に持っててよ」


「・・・・・・どうやって太鼓を叩くんだよ」



最早嫌な予感しかしない。



「兄貴にはバチを手で持つという常識しかないからそういう無粋なことが出来るんだよ」


「万人にも共通する常識だけどな」



何を言い出すんだ、この女は。



「もっと物事を多角的に捉えようよ。視野を広く、思慮を深く。そうすれば兄貴には自然に答えを導き出せるよ。自然的態度を止めて、純粋意識へと眼差しを向け変えて超越論的態度に移行しよう」


「いや、本当に何を言ってるんだ?!」



適当なことを並べただけに聞こえるが。


現代文の評論みたいなこと言いやがって。



「つまりバチを握るのは手だけじゃないってことだよ」



まあ後半は現象学的還元だけどね、と麻香は付け加えた。



「何で握るんだよ」


「やだ、兄貴。卑猥」


「そうやって下ネタ路線に切り替えようとするのは止めろ!」



そうやって脱線を助長するな!



「・・・・・・それで、俺はこの塞がれた両手以外のどこでバチを握ればいいんだ?」


「・・・・・・耳とか?」


「予想の斜め右を行った!」



足か口かと思った!



「それじゃあ始めようか」


「ちょっと待て! 僕はバチを耳にセットする事すらままならないんだぞ!」



叩けない太鼓の達人って・・・・・・。



太鼓の前で棒立ち。バチだけに。



・・・・・・忘れよう。



「何だ、やらないの?」



一人でやっても詰まらないなあ、と麻香は言ってクレーンゲームの方へ歩いていく。


店員さんに教えてあげようか。


早くこの化け物を出禁にしないと景品を全て持ち去られる事実を。



「そういえば、麻香」


「何?」


「クレーンゲームとUFOキャッチャーの違いって何なんだ? ずっと前から考えてたんだけど。何か違いがあるのか?」


「何言ってるの? 別次元だよ」



ふう、と麻香は面倒くさそうに続けた。



「クレーンゲームっていうのはカテゴリー。UFOキャッチャーは機種名。セガの商標で、他社はこの『UFOキャッチャー』っていう名称は使用できないの。だからタイトーからは『カプリチオ』、ナムコからは『クレナフレックス』、アトラスからは『ラッキークレーン』などなど、各々独自の名称で登録してる。クレーンゲームっていうのはそれらの総称ね」


「成程。そうだったのか」



どっちも同じだろ、とは口を裂けても言えない。



「それじゃあここで妹の特別サービス。何か一つ兄貴の為に取ってあげるよ」


「要らん。どうせ僕が持って帰るんだろ」



僕はさっさと帰りたいんだが。


そう言うと麻香は不服そうに自分の財布を開き、明らかに店内で一番大きなぬいぐるみが中に並ぶクレーンゲームの方へ向かって行った。



いやいやいやいや。


それは洒落にならないですよ、麻香さん!



「麻香! こっちのキーホルダー取ってくれない?!」



よくスーパーのガチャガチャコーナーの隣におまけ程度に置いてあるミニサイズのクレーンゲームを指さして言った。



「えー、兄貴は要らないって言ったじゃん」



言いながら百円硬貨を一枚ずつ投下していく妹。



「麻香、本当、マジでお願いします。これ欲しいです」



懇願した。


クレーンゲームの前で妹に頭を下げる高校生男子がそこに誕生した。


僕だけど。



「・・・・・・しょうがないなあ」



麻香は入れたお金を払い戻して、僕の指差す(実際は両手が使用不可なので顎で意思表示していた)ミニクレーンゲームの方にやって来てくれた。


ひとまずは安心である。



「で、どれが欲しいの?」



察するに、どんな場所の景品でも取ってくれるらしい。


麻香の万能は機械にも移るのだろうか。



「え、ああ。そうだな、あの辺のを適当に取ってくれ」


「抽象的だなー。それじゃあ兄貴、失礼」



言うが早いか麻香は僕のポケットの財布―――かつて紹介したお気に入りの財布である―――を抜き去った。



「自腹かよ・・・・・・」


「当然。そもそも私が兄貴の為にとってあげるわけだか・・・ら・・・・・・」



麻香は勝手に僕の財布を開いて小銭を取り出そうとしたが、何かを見つけて静かに閉じた。



「・・・・・・・・・」


「お、おいっ。無言でポケットに戻すな」



憐みの目が痛い。


妹に不憫の対象として捉えられるような物は、僕は財布に入れてないはずなんだけど。



「兄貴、コンドームをいくつも入れても童貞は卒業できないよ?」


「入れてねえよ?!」



何を言うかと思えば根も葉もないことを!


僕は一つしか入れない!



「ああ、もう見てられない。私で卒業しとく?」


「しとかねえよ!」



早くこのキーホルダーを取ってくれ!


何故こうまでこの女は下ネタ行の特急券を複数所持しているのだろうか。


経験上、悪乗りしないほうが吉である。


はいはい、とまるで我儘な弟をあやす様に麻香はレバーを握る。



「ところで話は変わるけどさあ―――



本当に経験が生かされるというのは案外こっちだったかもしれない。微妙な雰囲気の変化、気温が下がる感覚。決して経験豊富とは言えないが、ここ1年、環境の急激な変化と共に味わってきた。


去年の冬の記憶を犠牲にして自身を変えた少女のときも、今年の春に自身の過剰な奢りに気が付いた少女のときも、どちらもこの現実とは違うこの感覚を二人の想いと一緒に感じた。


その時と同格、いや、それ以上の緊張が体に走る。


この雰囲気は否応なく僕の全身の筋肉を強張らせ、緊張させたのだ。


だからかもしれない。


一瞬でも前もって身構えるタイミングが得られたことは幸いだった。咄嗟、では遅かったと思う。


それ故に僕は、無意味に、過剰に、執拗に、混乱しなかったのだろう。


麻香は見事に一発で、3つのキーホルダーをキャッチしながら呟く。




―――私さ。死ぬかもしれない」




「は? お前何を―――」









僕の言葉は最後まで続かなかった。



その瞬間。



連続した爆音と共に、僕の視界は揺れる。


いや、視界というよりは建物自体が揺れているようだ。


何だ?!


地震か?


しかし、爆発音から自然災害という懸念は払拭する。と、言ってもこの状況では人為的なものか、事故かは分からない。


ゲームセンター内は防犯用のブザーで騒がしい。


 この揺れで室内中のゲームのブザーが作動してしまったようだ。


ふと、麻香のプレイしたクレーンゲームを見ると、先程の振動で落ちてしまったらしく、景品の引き出し口にはキーホルダーが一つだけあった。


ふふ、と。


麻香は笑った。



「平和ボケした日常小説はここまでだよ」



そして宣言するように言う。




「最終話にして怒涛の展開、クリスマスに勃発する爆弾テロ、『灰に帰す聖夜(ホワイトクリスマス)』の開幕だね」


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