301-P
前書きの前に謝るべきことがあります。
もともと昨年の内に書き終えるべきところを伸びに伸びて今月まで。
それまでこの小説を読んでて頂いてる皆様に多大な迷惑をお掛けしたことをここに謝罪します。
言い訳の余地もございません。申し訳ありませんでした。
初めての方は初めまして。
知っている方は久方振りで御座います。
図々しいとは思いますが、これからまた少しの間、宜しく御願いします。
「妹の才能潰し」です。
例えば、全知全能・才色兼備・容顔美麗あるいはその類の四字熟語なら大抵は当てはまる女子中学生を妹に持つ人間が、この小説の語り部である僕だとして、それを羨ましがる存在が人類以外でも存在している場合、その考えを改めるように僕は何時間でも説くと思う。その浅はかな考えに対して「ならば代わってみろ」と言わざるを得ない。物事を、未来を、他人の心中を、この物語のオチでさえ知り尽くす彼女の肉親―――特に兄妹である僕―――の立ち位置の苦労が分かるはずもない人間が、僕の待遇を羨ましがるということは、それはもう滑稽という一言に尽きる。少なくても僕から見れば。
しかし何人がいくら諧謔を弄した思考をしているところで実際問題僕と妹には全く関係のないことだ。誰の思想がどんなあり方でも、今日も妹は僕で遊ぶだろうし、妹の脳は考えることを止めない。止めることが出来ないのかもしれない。しかしそれは僕の知る由もないことだ。妹の考えていることなんて知らないし、知りたくもない。もしかしたら僕の知っている妹は妹じゃないかもしれないと思うほど、僕は妹のことには疎いのである。そもそも妹という存在について、どんなに透明なものかということ自覚すべきだった。一歩間違えれば赤の他人、たまたま同じ腹から産まれただけの関係の薄弱さは繋がりの強度の意外なほつれである。幼い時から共通の空間で育てられただけで、それぞれ別の環境で成長すれば僕らは血が繋がっているだけで他人という単純でありながら複雑な関係が出来上がったはずだ。
しかし現実は違う。
かけ離れている。
麻香は僕の妹で、これまで兄妹として毎日顔を合わせる程度は生活を共にしてきた。
それでいて天才と凡才。
いや、これはかつて述べたように潔く表そう。
天才と―――非才、と。
どちらがどうあがこうが分かり合うことのない二種類の人種が、どういう因果か兄妹としてつながりを持っている。
何でもできる妹がいて。
何者にも成れない兄がいる。
よくもまあ、今まで仲良くやって来れたものだ。
相性と片付けるには少し惜しい。
それなのに相性という言葉が寸分の狂いもなく型に嵌る。
しかし、こんな不安定な関係がそう長く続くわけもなかった。
バランスが悪い積み木はいつか崩れる。
耐震設計で一流建築士が計算に計算を重ねて作った一軒家ならいざ知らず。たかが幼稚園児が考えて積み上げた不
細工な家は、ちょっとした衝撃で跡形もなく崩壊する。
麻香がいて当たり前。
僕がいて当たり前。
そんなアンバランスな関係はただの日常から崩れ落ちる。
はたして。
才能は人間に何を与えるか。
才能は人間の何を奪うのか。
恵まれない僕が分かるはずもない。
少なくとも時間や自信を奪われた少女お僕は知っている。
つまり。
あの天才からも何かを奪われて然るべき。
現実を知って然るべき。
これまでの僕ならそう思っていたに違いない。
しかし。
それは僕の想像を超え、時間や自信よりも酷な強奪。
これでお別れだ。
僕の語る物語はこれでおしまい。
神に愛されていながら、神の反感を買った女の子。
これは、簡単な異常へのワンステップと、そんな妹の物語。




