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予想外だ!
まさかこんな演出をするとは!
隣を見ると茅ヶ崎が青い顔をしている。
「お、おい、大丈夫か?」
「お兄さんこそ足が震えていますよ」
そして茅ヶ崎を挟んで隣には、涼しい顔をした麻香がモデル立ちをしていた。
「お前は緊張とかしないのか?」
「は? 緊張って何? 殺虫剤?」
「絶対にそのボケは拾わないからな!」
拾ってやるものか!
低レベルなボケしやがって!
どうせ、『今の兄貴じゃこれを突っ込むのも精一杯だろう』という魂胆だろうがそうはいかない。
「それではお集まりの皆さん! 大変お待たせしました! 果たしてチャレンジャーはこのラストゲームに勝利し、賞品を手にすることが出来るのか! はたまた観客の皆さんの贄となるのか!」
司会進行の鬼怒川会長がどういうわけかたくさん集まったギャラリーを沸かしている。
それにしても贄って・・・・・・。
「最終試練、ラストクイズに挑戦するのはこの三人! ご登場してくれ!」
テントの後ろに隠れていた僕たちは、この司会と観客の熱気に隠れ続けることは拒まれた。
「これが今回最終試練にチャレンジする三人だ!」
ワアアアア!
と、観客は異常な盛り上がりを見せた。
「これが学園祭特有の異常テンションですか、お兄さん」
その余りのうるささに隣の茅ヶ崎の声も聞き取れない。
「そ、そうだな。あいつらはきっと騒げれば何でも良いと思ってる」
それを利用するなんて脅威過ぎる。
改めて鬼怒川先輩のことが恐ろしく思えてならない。
「さあ、私がこれ以上しゃべる必要も無いだろう! 早速だが出題形式を発表しよう! これからそれぞれ一人ずつに問題を出題する! 解答権は指名された一人だけ! 制限時間はそれぞれ一分! 一問でも解答できなかったり誤答してしまうと、賞品は皆の物だ!」
イエエエエエ!
始まる前に、『三人で挑戦するわけだから、多少不利なルールにするからな』と鬼怒川先輩が言っていたが、こういうことか。
これなら観客の不信感を払拭し、公平感を与えることが出来る。
確かに理に適ったルールだが、大きな障害が出現してしまった。
「だ、大丈夫ですか、お兄さん・・・・・・」
「正直やばい。ここまで来れたのも二人のおかげだったわけだし、僕はそもそもこういうイベントに慣れてない」
最悪だ。
自分で言うのも情けないが、僕はこのチームには致命的な急所である。
本当に怖いのは有能な敵より無能な味方、と言うが、まさにそれだ。
「それでは第一問! 解答者は・・・・・・」
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
「体は小さくとも頭脳明晰! 栄!」
ワアアアア!
当然だが観客のテンションは下がる気配が無い。寧ろ上がる一方だ。
僕はそっと胸を撫で下ろす。
それにしても鬼怒川先輩がマイク以外を持っていないということは、暗号解読を口頭でやらせるつもりなのだろうか・・・・・・?
問題プレートを出してもらっても解けるかどうか分からないのに危う過ぎる。
「問題! 『食パンの袋を閉じる四角いあれの名前は何でしょう?』」
雑学だとおおおおおおおお!?
これまでは閃きを大切にした暗号パズルだったのに!
問題もなかなかの難問だし!
因みに僕は雑学も苦手です。
浅学なんです。
「クロージャー」
即答だとおおおおおおお!?
やばい。
混乱してきた。
こんなレベルの高い場所にいる自分が信じられない。
別次元としか言いようが無いじゃないか!
「正解です!」
ウオオオオオオオ!
観客たちは一瞬、鬼怒川先輩が答えられない問題を出したと思って静かになったが、茅ヶ崎が悩む間もなく答えたことで、反動も加わり直前以上の盛り上がりを見せた。
「第二問! 解答者は・・・・・・」
僕はもう飲み込む唾も無く、乾いた唇を舐めていた。
「可憐な天才少女! 麻香!」
ヒョオオオオオオ!
恐らく僕の心拍数は既に通常の三倍速は超えている。
「問題! 『ウルドゥー文学の最初の用語となった言語は何?』」
問題の意味すら分かんねええええええ!?
ウルドゥー文学って何!?
何処の国の話!?
「ダキニー語」
またも即答だが、これは麻香が答えたので驚きはしなかった。
しかし、麻香の正体を知らないギャラリーの盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。
ウオオオオオオオオオオオオオオオ!
「正解! 難問も難なく解いていきます。何者なんだろうか、この中学生達は!」
さて。
「これで最後の解答者! 庶務『君』!」
そこで観客からは笑いに溢れた。
「ただの役職じゃねえか」とか「名前呼んでやれよー」といった掛け声も飛んできた。
「では問題! 『私、鬼怒川夜見世がこの一ヶ月間で一番多く発した言葉とは何でしょう?』 この一ヶ月、私に密着していた君なら答えられるはずだぞ」
はあああ!?
先輩が一番多く話した単語!?
そんなの分かるわけが無い。
いくら一緒にいた所で数えない限り、知る由も無いことだ。
僕は当てずっぽうで答えようとしたが、茅ヶ崎にそれを止められた。
「お兄さん、考えてください。鬼怒川先輩は何も私たちに無謀な出題をしてるわけではありません。ちゃんと答えられる問題を選んでいます。その人ならば答えられるだろう問題が出題されているんです。この問題もきっとお兄さんなら答えが導けるんですよ」
「そんなことを言ってもなあ・・・・・・」
うーん。
もしかしてこれはなぞなぞか?
頓知をきかせた問題なのか・・・・・・?
僕は今までの鬼怒川先輩との会話を思い出してみた。
学園祭が近いといってもそこまで話題にしてるわけじゃない。
そもそも学園祭は柊祭と言い換える時もあったわけだから、候補からは外れる。
先輩との会話のほとんどは統一性の無いジャンルの無駄話ばかりだ。
全てに共通して出てくる言葉なんて存在しないはずだ。
僕が必死に頭をフル回転しているのに、観客の間からはカウントダウンが始まった。
15...14...13...12...
くそっ。
カウントダウンってのはこんなにも集中力を低下させる魔力を持っていたのか!
焦りで冷静な思考も出来なくなってきた。
11...10...9...8...7...
「どうした、君! 残り七秒だぞ!」
そんな事言われても・・・・・・ん?
6...5...
今の鬼怒川先輩の台詞が頭に引っかかった。
あれ? 何で僕は先輩の言葉に反応したのだろう・・・・・・。
4...3...
その瞬間、フラッシュバックする。彼女と初めて会って自己紹介したときの事を―――。
2...
間違いない!
鬼怒川先輩は―――!
1...
僕は柄でもないが叫んだ。
「『君』!」
ざわっ、と観衆がざわめいた。
「鬼怒川会長が一ヶ月で一番多く話した言葉! 答えは『君』だ!」
その場はさっと静かになった。誰もが鬼怒川先輩の言葉を待っていた。
「・・・・・・正解」
歓声は爆音となってこの場に轟いた。
ウオオオオオオオオオオオオオオ!
全員が賞品会得のチャンスを失ったというのに、ギャラリーはあたかも自分が優勝したように歓声を上げた。
「よく分かったよな」
鬼怒川先輩は僕の近くに来て言った。
「最後のヒントのおかげですよ」
「ヒント? 何のことかな」
そういって肩をすくめ、商品を持ってくると言ってテントの方へ行ってしまった。
「ね、言った通りだったでしょう?」
「そうだな。助かったよ、茅ヶ崎」
「愚兄の兄貴にしては良くやったわ」
「普通に褒めることが出来ないのか、お前は!?」
冷静に愚かって言うなよ。
こいつ、ツンデレじゃないってことは、ただの性格の悪い女だということに気づいていないのか。
「クーデレかもしんないじゃん」
「デレが無いだろうが!」
僕の記憶に妹のデレは確認できていないのだが。
・・・・・・・・・。
もしかして今からなのか!?
「それでは優勝賞品の贈呈です!」
鬼怒川先輩はなにやら大きな紙袋を持って戻って来た。
ちょっと待てよ。
結構前にエロゲーじゃないかって疑惑を生んでいた奴じゃねーのか、あれ!?
「まずは栄さん。賞品として3DSとそのソフトを進呈します」
あぶねえ。
ソフトということで誤魔化しやがった。
「次に麻香さん。賞品としてPSPとそのソフトを進呈します」
それにしても豪華だな。
大盤振る舞いじゃないか。
観客も賞品の内容を知って、とても残念がってるし。
この様子じゃあ僕の貰える物も、エロゲーが露見することも心配せずに、期待できるかもしれない。
「次に君。賞品として花火セットを進呈します」
「わーい。ねずみ花火も入ってる本格的な花火セットだー・・・・・・・・・っておい!」
別に良いけどさ!
薄々感じてましたよ!
せめて慣れないノリツコッミなんてさせないで下さいよ!
鬼怒川先輩は観客の大爆笑に満足したようで、僕に話しかけてきた。
「よし、それじゃあ。フィナーレだ。君、ここが何の場所か覚えてるかい?」
「え、何ですか、急に」
「良いから良いから。思い出してみてくれ」
「えっと・・・・・・。あっ。そういえば全校制作の巨大垂れ幕の・・・・・・」
「その通り。壬生高校の協力作品。団結の象徴である垂れ幕は、このタイミングで降ろそうと思っていたのだ。屋上に副会長を待機させ・・・て・・・・・・」
僕と一緒に屋上を見上げた鬼怒川先輩の言葉は最後まで続かなかった。
正しくは続けなかった。
鬼怒川先輩はすぐに携帯を取り出し、ある人間に電話を掛けた。
「・・・・・・・・・! 何でお前が屋上にいる!?」
『何で? 偶然屋上に行こうとする奴を見つけたんで付けて行ったら、面白い物を見つけたんだよ』
屋上で顔を出していたのも、鬼怒川先輩が電話を掛けた相手も、かつての壬生高生徒・利根越人だった。
『あ、副会長ならそこで寝てるから安心して良いよ』
「貴様・・・・・・!」
『大丈夫、大丈夫。怪我もしてない程度に抑えてあるから。それよりさ、この垂れ幕下ろした方が良いのかな?』
「やめろ! それに触るな! その垂れ幕は全校生徒の気持ちが込められてるんだ!」
『あれ。触るどころか踏んじゃってるけど、これ』
「利根! ・・・・・・許されると思うなよ!」
『そう怒るなよ、夜見世ちゃん。良いか? 今なら許してやるよ。俺と付き合っちゃいな』
急に周りが静かになった。
騒いでいた観客がこの緊迫した空気に気付いた様だった。
鬼怒川先輩の視線を追い、誰もが屋上に注目した。
「お前の彼女になるくらいなら死んだ方がマシだ」
『・・・・・・そうかよ』
そう言って電話は切られ、数秒後垂れ幕が下りてきた。
―――それは。
その垂れ幕は僕ら生徒会が縫い合わせた時とは、まったくの別物になっていた。
真っ赤な。
まるで血を連想させるような紅のペンキで。
垂れ幕には大きく『×』が書かれていた。




