003
途中、無駄にシリアスな部分がありますが、嫌いという方は飛ばして読んでも問題ありません。
人の部屋に入る時はノックをしよう。
今、全国の他人の部屋に入室する際にいきなりドアノブを回す諸君に苦言を呈する。
というより全国探しても唯一無二の天才妹に呈したい。
ドアが開く気配で目が覚めた。――――ならまだ格好もついたが、ドアが開くということは狭い部屋で安眠する僕の足にドアが激突するという事で、勢いがついていればついているほど強烈な一撃が僕の踝を貫くというわけで――――
「痛ぇっ!!」
と、僕は文字通り飛び起きた。
「あ、ごめん」
いつの間にか帰宅した麻香がそこにはいた。
時計を見ればあれから1時間近く経っている。
「っ・・・く・・・。せめてノックをしろよ・・・。ドアが壊れるか、僕の足が壊れるか勝敗に僕の体の安否が大きく関わる勝負になってるじゃないか」
見ればドアの片端下が少し凹んでいる。これは何度も何か硬い物をぶつけて出来る窪みだ。誰の仕業かは言うまでもない。
「ノックなんてするわけないじゃん。兄貴が寝ていること分かってるんだもん」
「さっきごめんって言わなかったか!?」
「それは壊し損ねて謝ったんだよ」
「兄の足を軽い気持ちで壊すんじゃねぇ! 動機は一体何だ!?」
「物を壊すって楽しくない?」
「危ない破壊衝動を晒してんじゃねぇよ。発泡スチロールでも折っていろ!」
それと兄を物呼ばわりするんじゃない!
何物なんだ、この女。
序盤から凄まじい発言だ・・・。
「・・・それで、何の用だ?」
「いや、これを渡そうと思って」
と、言ってポケットから1万円札を取りだした。
「はい、これ。取り返してきた」
「・・・ありがとう」
見誤った。
僕の妹はゴリラどころか聖人に昇格した。
猿から崇拝対象になるとは、誰も予想していなかっただろう。
「お礼なんていいよ」
妹は照れくさそうに微笑む。
「なんて言うかさ・・・麻香の事、見直したよ。やっぱり何かお礼をしないとな・・・」
「だからお礼なんて大丈夫だって。あのお兄さん達からたっぷり頂いたから」
「やってることが不良と変わらない!?」
見誤ってなかった。
再度降格決定。
数秒の崇拝対象であった。
「まあいいでしょ、お金が返ってきたんだから。・・・また出かけるの?」
「・・・そうだな。今度は大通りを上を向いて歩くことにするよ」
「涙が零れない様に? それで二の轍を踏まないと思っている兄貴が、私は心配でならないよ」
今度は電柱にでも激突する気?
と、僕の思いつきのボケを長々拾ってくれる妹は本当に心配になったらしい。
「私もついて行こうか? また絡まれるのも面倒だし、私もちょっと買いたい物があるんだよね」
確かに麻香を連れて行けばどんな事件に巻き込まれようと――――例え通り魔に襲われても――――万事上手くいくだろうが、今回は妹に頼れない事情がある。
僕は頭を横に振った。
「気持ちはありがたいが駄目なんだ。買うものをお前に見られたくないんだよ」
嘘ではない、真実。
これでは読心術の正答率も多少下がってくれる。
――――筈だ。
「え、何、エロ本? でもそれだったらコンビニで事足りるよね・・・。・・・・・・まさか兄貴、女性ものの下着を・・・!?」
「買うかっ!」
兄にどんな嫌疑をかけてるんだよ!?
それにしてもエロ本が真っ先に候補に挙がるのは何故だろうか。
「そうだよね。そういう本なら家にあるものね。・・・そういえば兄貴、最近私のブラがいくつか無くなってるんだけど・・・?」
「何だ!? 僕を疑っているのか!?」
謂れのない言いがかりは止めてくれ!
僕は青天白日の身だぞ!
「まさか兄貴が本当の変態だったなんてね・・・」
「いや待て、麻香」
ここで僕が妹の畳み掛ける話の腰を挫いた。
「ん?」
「女性の下着を欲しがることは変態の発想ではない」
変態の定義を僕は自分の解釈で話し始める。
「変態というものはだな、自分の欲求不満で他人に迷惑をかける人を言うんだ」
「だから兄貴でしょ」
「少し黙れ」
敢えて否定はしない。
「健全な男のエロスを全否定する気か、貴様は」
「兄貴を全ての・・・いや健全な男子と一緒の扱いにしないで頂戴」
「僕を健全としない理由は何だ!?」
いくら麻香でも予想外すぎる発言だ。
僕だっていっぱしの性的欲求は持ち合わせている。・・・いや寧ろ平均以上かもしれない。経験がないだけあって行為に対する憧憬は計り知れないものがある。二十歳超えるまでのは経験してみたいものだ。財布に入れてあるお守りを使う日はいつ来るのだろうか。
因みに財布にコンドームを入れておくのは良くないらしい。摩擦が多く生じる財布においてゴムに穴が開いてしまう可能性が高いらしい。穴が開いてしまえば機能的に意味が失くなってしまう。
「童貞が知ったような話をしないで」
「お前だって処女だろう!」
告白してきた人間の好意を悉く無下にしてきたんだから。そんな機会は一度もないはずだ。
「まだ穢されてないだけ。男なんて経験があろうとなかろうと汚れた人種でしょうが」
「・・・」
微妙に的を得たことを言いやがる・・・。
「健全の定義が兄貴の中ではあやふやなの。元々健全という言葉の兄貴が使っている場合、意味としては『心身ともに健康で異常がない』という意味なの。兄貴は精神面に問題が大ありだから健全という言葉は当て嵌らないよ」
「僕がいつ精神面に異常をきたした!?」
「毎日。だから私の下着が無くなるの。何処に隠したの? 早く返して下さい」
「むやみに敬語を使うな!」
僕が脅してるみたいになってるじゃないか!
これ以上に間違った敬語はない。
「ああ、私は何て可哀想な妹なんでしょう。兄に下着を奪われ、しかもそれをだし(・・)に脅しをかけられているなんて・・・。私はいつ兄の魔の手にかかってもおかしくはない」
「そんな場面は一生こないわ!」
魔の手にかければ親近相姦になってしまう。
妹萌えってキャラじゃないだろ、お前は。
「・・・少しぐらい乗ってくれても良かったんじゃない?」
僕の乗れない言動が不満らしい。
面倒くさい妹だ。
「どう返せばよかったんだ?」
「『ブラを返して欲しくば俺にデレろ! 今までの人生のツンの分、俺に精一杯デレるのだ!』」
「お前、ツンデレキャラなのか!?」
今日は新しいお前に出会った気がするよ!
「あ、そういえば麻香」
不思議な方向へ脱線していた話を無理やり別の話へ変える。
軌道修正っていうか車両交換。
つーか元々線路の上を走っていたかが謎だ。
「ん?」
楽しくて仕方がない実の兄イジメを強制終了されて少々不満が残っているらしい。麻香の顔から怪訝さが見て取れる。
「ふと思ったんだけど、お前好きな奴とかいるのか?」
「いるよ」
即答。
間髪容れずに即答。
ここまで隠し気もなく答えられるとこっちも対応が困る。
結果、逆にこっちがたじろぐこととなってしまった。僕は少し唸って理由を言う。
「・・・いやちょっとした好奇心で、さ。その男とはよく話したりするのか?」
「そうだね、割とよく話すよ」
「付き合おうとは思わないのか?」
「思わない」
それにさ、と妹は続ける。
「私ってさ、友達少ないんだよね。知ってると思うけど片手の指に入るぐらいしかいないんだよ。その中の本当の友達なんて一人だけ。だって兄貴みたいにこんなに長時間本当の私と話して私のことを嫌いにならない人は滅多にいないよ。私は心を読めるから本当に私のことを好きな人って分かるんだよね」
――――そう、麻香は決して他人には本当の自分は見せない。
麻香は心を許した相手にしか僕と交わすようなくだらない話はしないのだ。
くだらない話をする時は妹は必ず毒舌になる。
逆に猫を被る時は全知全能の神を狂言する。
二つの人格はまったくの別物だが、本当の妹の人格を好きになる人間は今まで僕しかいなかった。
何でも知る妹を両親は避け、話が合わない同級生は妹を嫌った。
だから妹は外界で猫を被る。
誰もが抗えない神となることで、誰もが敬う対象になることで自分の居場所を確立している。
そうしていればいつも王は民の真ん中で居られる。
別に寂しくない、と麻香は言っていた。
そうしていればいつも認められるだけ。
許される。
羨ましがられる。
そして――――嫉まれる。
しかしそれは自分であって本当の自分ではない。
妬み嫉まれようと、それが被っている仮面だから麻香はそれをよしとする。
何度か人を王宮に呼んで本当の自分を打ち明けた。
しかしそれを受け入れられることはなかった。
本来住む世界が違う王が他人と打ち解けることは極めて難しいことなのだ。
僕は麻香のずっとそばに居て、僕が幼い頃から麻香を見ていた。
そのためとは言えないかもしれないが、僕は麻香を受け入れている。
本当の麻香は僕の中でも本当の麻香だから。
――――それ故に麻香のたった一人の友人は究極に手際が良かった。
王の王宮のバリケードを通り抜け、自分から王に近付いた。
気付いていたらしい。
王が寂しいということを。
「私の好きな人は栄みたいに私の気持ちを理解してくれないと思う」
と、麻香は僕を不思議な目で捉えて言った。
「私の力でその人と付き合ったり、結婚するぐらいは簡単に出来るけど、私を理解してくれないなら付き合う意味はないよ」
「・・・そうか」
当然、栄とは麻香の友人のことだ。
「だから兄貴、私を抱いて」
「なんで近親相姦を誘惑するんだ、貴様は!?」
「だってさ。何処の馬の骨とも分からない奴に私の初めてを渡すより、自分でやっちゃったほうが安心でしょ?」
「膨大な不安要素しか残らないわ!」
折角のしんみりとした雰囲気が台無しじゃねえか。
もう二度とこの作品でこんな場面はないかもしれないんだぞ。
「ところで兄貴、この前ニコニコ動画で・・・」
「話の方向転換の切り替えが早すぎないか!? 話の方向性が360度ぐらい変わったぞ!?」
「戻ってるよ、兄貴」
あれ? 本当だ。
一周しただけだった。
「つーかそれよりお前ニコ厨だったのか? 寧ろそっちの方が驚きだ」
「時々見るだけだよ」
「そうなのか?」
「桜ノ雨の桜吹雪は私がやったんだよ」
「僕の妹は職人だった!」
あの弾幕、感動して損した・・・。
「実は私の作詞作曲した曲の『初音ミクに歌ってもらった』が、3日で殿堂入りしたんだ」
「P名を教えてくれ!」
実はミリオン持ちだったりするのか!?
人の脳に直接語りかけるような音程と拍を研究でもしているのだろうか。脳を揺さぶり感情を高ぶらせるとか。
「失礼な、普通に作った曲よ」
普通に作ったってどういう意味よ・・・と、妹は呆れる。
「それで? なんて曲なんだ?」
「教えるわけないじゃん。恥ずかしい」
「珍しいな。お前にそんな感情が生まれるなんて」
「私は人形!? 5つか6つぐらいの感情ぐらいなら自分で作らなくても勝手に生じるよ!」
「少なくないか!?」
単純すぎるぞ!
しかも感情を作るのか!?
「っと、お喋りが過ぎたな。もうこんな時間だ」
見ればもう正午近い。
「そうだね。兄貴のせいで時間を無駄遣いしちゃった」
「何でそこまで責められる!?」
責任転嫁に近いものがある気がするぞ・・・。
「それじゃあもう一回行ってくるよ」
僕は腰を上げた。
「いってらっしゃい。私は寝るよ、ちょっと運動して疲れたし」
「そりゃ不良と一戦すれば多少疲れるだろ」
と、妹の言葉に一切の疑問を持たず、自分の部屋に戻る妹の背中に声をかけて階段を降りた。




