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妹の暇潰し  作者: 王手
妹の手間潰し
29/45

211

靴を履き替え、外に出ると厚い雲のせいで少し薄暗かった。


しかし人の数は減ることなく、来校客は未だ後を絶えない。


天気予報で雨は夜からと言っていたからなのか、傘を持つ人は目に付かなかった。


目の前に出店が一つあるが、時間も時間な為に売り切れの看板を出している。


何を売っていたのかは不明だが。



「それで、麻香。ゴールは何処なんだ?」


「お兄さん。さっき麻香が言ったことをもう忘れてるんですか?」


「仕方ないよ、栄。一日一膳を一日一食は和食を食べることだと勘違いしていた兄貴に、記憶能力を期待することこそが間違いだよ」


「一膳を箸の数え方だと思ったんですか、お兄さん?」


「ええい、うるさい! 麻香だって器用な勘違いだって褒めてただろうが」


「別に褒めたわけじゃないんだけど・・・・・・」


「あれ、そうなの?」



はあ、と。


二人のため息が重なった。



「それに兄貴、生徒会でしょ? 昇降口正面に出店を出店させてはいけないことぐらい知ってるはずでしょ?」


「あ」



売り切れと書かれた看板。


それはこの出店がそこにあってもおかしくないというカモフラーッジュ。


そもそも売り切れるわけが無いのだ。


―――何も売ってないのだから。



「そう。ここがこのリアルRPGゲームの終着点」



麻香を先頭に、僕らは孤立したそのテントに近づいた。



「チェックメイトだよ。会長さん」


「正解!」



突然、セットされた長机の下から鬼怒川会長が飛び出した。



「思ったより遅かったじゃないか、君! 麻香ちゃんや栄ちゃんが一緒ならもっと早く終わると思ってたんだけどね」



鬼怒川先輩はそう言いながら、後ろからカードを何枚か取り出してそのまま机に並べた。


それぞれ同じ書体で『挑戦権』と書いてある。




「まあでも、君が一番にやってきてくれると信じていたよ。よく頑張って来てくれた。ここで商品を贈呈するのも良いのだが、それじゃあ面白くないだろう? そこで最終問題だ!」


「まだやるんですか?」


「当然! っとその前にやることがあったな」



そういって鬼怒川先輩は机の下から校内放送用のポータブルマイクを取り出した。


生徒会室にあるものを持ち出してきたのだろう。


鬼怒川会長は咳払いをしてマイクの電源をオンにした。


たちまち会長の言葉は全校に聞こえる仕様となった。



『本日は校外より御越し下さり真にありがとうございます。皆様にお知らせします。先ほど開催された宝探しゲームですが、暗号を解き明かしゴールした方が現れましたので、終了させて頂きます。参加して頂いた方々には厚く感謝申し上げます。ですが、優勝者にそのまま賞品を贈呈するのは面白くありません。今から十五分後に生徒昇降口正面にてラストクイズを行います。これを挑戦者が正解すれば、賞品を贈呈しますが、もし間違えた場合、ギャラリーの中から抽選でプレゼントいたします。皆様、お時間あれば昇降口前にお集まりください』



鬼怒川先輩は言い終えてマイクの電源を切った。



「なかなかえぐい事しますね、先輩」


「何を言うか。素晴らしいエンターテイメントじゃないか! こうなる事は全て予想していたよ。完璧に予定通りだ」


「兄貴にはこの素晴らしさが分からないの?」


「まったくです。欠望(けつぼう)しましたよ、お兄さん」


「そこまで言われる筋合いがあるのか!?」



いつかのプールでの会話に似てるな。


既視感(デジャヴ)なんて曖昧なものではなく、はっきり記憶に残っている。



「では君。人が集まるまで待っていてくれ」


「・・・・・・分かりました」



ピピピピッ。


そこで見計らったように電子音が鳴った。



「悪いな。電話だ」



僕もこの音は知っていた。


鬼怒川先輩の携帯の呼び出し音である。


鬼怒川先輩なら着メロも凝ったようなものにしていそうなのだが、彼女にしてみれば興味が無いらしく、意外と無機質な電子音で統一しているらしい。


先輩が携帯を取り出し、呼び出しに応じたところで、僅かだが表情を強張らせた。


鬼怒川先輩は少し耳を澄まして話を聞いた後、受話口を手で押さえて僕たちを小声で呼んだ。



「君」


「・・・・・・どうしたんですか?」


「例のストーカーだ」


「!? 利根ですか?」


「・・・・・・なんでその名前を知っているのかは後で教えてもらうとして、一緒に話を聞いてくれ」



家庭科室のことを話すのを忘れていたことに後悔しつつ、僕は携帯の反対側から耳を近づけた。



『・・・・・・りに話そうとしてるんだ。黙ってるなんてよせよ』



恐らく利根越人であろう声が聞こえてきた。


そして今度は鬼怒川先輩がそれに応対した。



「いまさら何の用かな。私には関わるなと言ったはずだが」


『そう冷たく言うなよ。お前と俺は結ばれる運命なんだから』


「そんな運命、真っ平ごめんだ」


『夜見世はいつになったら俺にデレてくれるんだい?』


「貴様などツンの対象ですらない」



いや、お前ら。


なんか緊張感が無いんだけど!


話す内容が軽いっつーの。



『いい加減俺と付き合えよ』


「断る」


『付き合ったほうが良いぜ?』


「私のメリットがまったく無い」


『知ってんだろ? 俺は短気なんだ。早くしないとお前の大切なもんをぶち壊しちまうぜ?』


「・・・・・・?」


『十分後にまた電話する。それがラストチャンスだ。良いな?』



ブチッと。


電話は一方的に切られた。



「大切なものって一体・・・・・・」


「ふん。何かと思ったらあんなはったりを言いに電話をしてきたのか。君、無視しよう」


「ですが先輩・・・・・・」


「構わん。あいつが何をするのか知らんが、電源は切っておく」



鬼怒川先輩はそういって携帯をポケットに仕舞った。



「さて、それよりも何故君があいつの名前を知っているのかという話をしようか?」


「ああ、それは・・・・・・」


「寧ろ会長さんが話すべきですよ」



ついに黙っていた麻香が口を開いた。


このタイミングでの麻香の切り込みは、まさにこの話は佳境に入るところということだ。



「・・・・・・何を話せばいいんだい? 麻香ちゃん」


「鬼怒川先輩がそのストーカーの名前を知っている理由を、です」


「理由って・・・・・・」


「つまり旧知ということですよね。会長さんとストーカー、利根越人は」


「・・・・・・・・・」


「ストーカーは恋愛感情とそれ以外の好意、もしくはそれが満たされなかったことに対する怨恨(えんこん)によって付きまとう人間のことを言います。ですが、被害者がストーカーのことを知っているか知らないかで対処の仕方が大きく違ってきます。特に知らない場合、ストーカーの一方的な感情の移入で被害者には非が無いことが多い」


「では・・・・・・!」


「そう結論を急がないでください。別に会長さんに非があったといっているのではありません。解決、対処にはどうしても何故こうなった、という事情を知らなくてはならないのです」


「・・・・・・・・・」



黙ってしまった鬼怒川会長に麻香は問い掛ける。



「話していただけますね?」



数秒の沈黙の後、鬼怒川先輩は口を開いた。



「あの男、利根越人は去年までこの学校の生徒会にいた人だ」


「壬生高の卒業生だったんですか?」


「卒業じゃない。中退したのだ」


「・・・・・・何故」


「ある意味、私のせいだ。去年の生徒会長選挙で私が立候補する前、利根が先に立候補していた。あの時のあの男は自信に満ちていた。来年三年である自分が、その年に入学してきた女子生徒に負けるはずが無いと思っていたのだろう。そうやって常識というサンクチュアリに胡坐(あぐら)をかいていた」


「・・・・・・・・・」



鬼怒川先輩は言う。



「私は自分の不利さを認識していた。そこで特にクラスメイトに協力を仰いで尽力した。幸い私のクラスメイトたちはそれぞれ別の部活に所属していた。おかげで後輩から先輩、先輩から同輩へと迅速に私の名前を伝達させることができた。口コミという力を侮ってはいけない。私はそのとき実感したよ」



先輩はまるではるか昔を思い出すように、遠くを眺めていた。



「私は敢えて表立って選挙活動はしなかった。下手に利根を触発して本気を出されてしまっては、太刀打ちできないからな。私はあらゆる手を使って、水面下で生徒の私への認知を広めていった」



あくまで名前を知る程度に。


鬼怒川先輩は着々と下準備を進めた。


そしてあくる選挙投票日、最初で最後の選挙演説を迎えたそうだ。



「体育館に全校生徒を集め、演説が始まった。先に話すのは、先に立候補の届けを出した利根だった。利根は言うところの普通の演説だった。あいさつが何だとかボランティアがどうとか・・・・・・」


「中学校と変わりませんね」



茅ヶ崎のいうことには同感だ。


僕も中学校のころの役員の公約に魅力的なものはまったく無かった記憶がある。



「その引立てもあってか私の常識を真っ向から覆す演説は大盛況だった」


「・・・・・・何を言ったんですか?」


「秘密だ」



そう言って鬼怒川先輩はフフッと笑った。



「結果、支持率93%で私は当選した。みんな私を知っていたのだ。不信感を抱かずとも投票できたのだろう」



「確かに名前も知らない一年生に学校を任せようとは思いませんね」



と、麻香が頷いた。



「しかし、ここからが問題なのだ」



鬼怒川先輩はそれまでの軽い空気を引き締めるように、表情を変えた。



「壬生高校は代々生徒会長が副会長、並びに他の役員を指名するというシステムをとっている。例年は会長選に落ちた候補生を副会長にするという風潮が定着していたようだが、私は利根を役員にする気など微塵も無かった。立候補する頃には私の理想の生徒会役員は決まっていたのだ。君もいれてな」



先輩は続ける。



「私が発表した役員に利根は噛み付いた。一年生に会長の座を奪われただけでも憐れなのに、役員にまで選ばれなかったとすればどれだけ無様か。想像に難くないだろう?」



一人一人の反応を確かめながら、鬼怒川先輩は続ける。


まるで過去の過ちを悔いているかのように、悔しそうな顔だった。



「当時空席だった庶務の席について言及もしてきた。私は君を入れる予定で空けておいたのだが、まさか来年入学してくる人間の為とは言えず、聞き流していた。そうしたらリコールを企て始めた」


「役員を決めないからですね」


「その通り、会則に会長は当選後早急に役員を定めることが決まっている。しかし、利根はリコールを実行できなかった」



そこでようやく僕は、この場所に人が集まってきたことに気づいた。


集客は成功したようである。さらにそれと同時に少し風が吹いてきたことにも気づく事ができた。



「署名が集まらなかったのだ。リコールに必要なのは全校生徒の四分の一。私の演説は本当に上手くいっていたらしい。私の信頼に利根は打ち勝つ事が出来なかったのだ」


「利根が恋愛感情を強要してきたのはいつでしょうか?」


「昨年度の終わり、二月頃だったと思う。ある日突然メールが送られてきたと思えば、毎日何通ものメールが送られてきた。何度も拒絶したのだが、あいつはしつこく私に付きまとう。そして私は強行手段に出た」



天性の才能なのか、鬼怒川先輩の話にどんどん飲み込まれていく自分がいた。


口を挟むことなんて出来ない。


彼女の説得力は、人の上に立つものには必要不可欠なものに違いないとすら感じさせた。


それだけの興味を誘うことが出来た。



「私は利根の執拗(しつよう)な行動を教師に暴露した」



選挙演説の時もこんな話し方をしたのだろう。


これなら他人指向の日本人を動かすのは容易(たやす)く出来たに違いない。



「すぐに職員会議が開かれ、すぐに利根は召喚されて審問された。利根は否定したそうだが、私の提出した携帯のメールと、何より私の信用によって奴の言い分は棄却された。そして―――」


「利根は退学処分となった」


「その通りだ。もっとも、その前に謹慎処分がワンクッションあったがな」



先輩は麻香を指差して大きく頷いた。



「何故退学処分になったんですか?」


「謹慎中も私にメールを送ってきたからだよ。その時は既に脅迫めいた文面になっていたがな」



またしても数秒の空白が僕らの中にできた。


話を聞く限り、鬼怒川先輩に非なんてまったく無い。


麻香はどうしてこの話を持ち出したのか。


知る由も無いが、やはり気になってしまう。


麻香の目には一体何が映っているのだろうか。



「・・・・・・さて、そろそろ約束のラストゲームの時間だ。君が利根を知っていた理由は後で聞くとしよう。さあ、三人とも準備はいいかい?」


「準備も何も先輩の話をずっと聞いてたじゃないですか」


「まあまあ、そうは言っても君が一番頑張らないとならないよ?」


「・・・・・・どうしてですか?」



そりゃあ。


君に出す問題は君しか分からないだろうからね。


と、鬼怒川先輩は腑抜けた空気を一蹴して言った。


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