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「無いな」
中庭には沢山の人が往来していた。
中庭中央の小ステージで何か開催されてなくとも、周りを取り囲む出店で生徒や一般人もごった返していた。
校舎正面、校門から入ってすぐの場所にも出店していたが、こちらは抽選により決められた第二出店場所。
抽選といっても、出店場所は高学年が優先的に決める事が許される。
優先権を破棄したクラスの出店枠を一年生は抽選で決める為、中庭は必然的に一年生が多くなっている。
つまり、知ってる顔に僕と茅ヶ崎が一緒にいるところを見られると言うことでもあった。
さっきからクラスメイトに僕らの関係を冷やかされていた。
いろんな意味で明日が楽しみである。
「ありませんね」
僕らは茅ヶ崎の推理通り、小ステージの周りをぐるぐる回りながら次なるヒントを捜していた。
「もしかしたら私の推理が間違っていたのかもしれません」
「また考えるのか?」
「ええ。長考しますので、お兄さんだけでこの場を繋いでいてください」
「マジか」
「マジです」
まあ確かに、茅ヶ崎に全て任せるしか僕には選択肢は残っていない。
うだうだと推理編みたいな形で文章を無駄に書き連ねるよりは得策だな。
「よし、僕が一人で喋るぞ」
「なるべく声に出さないで御願いします」
そりゃそうだ。
周りに知っている人が何人もいる中で、独り言を言っていては本当に明日が楽しみになってきてしまう。
負の意味で。
―――そういえば、今鬼怒川先輩は何処にいるのだろうか。
あの放送からパッタリ音沙汰が無い。
別にこれ以上問題を起こそうとしている事を心配しているわけではない。
ここまで大々的に勝手な行動をしたわけだから、今更無かった事には出来ないだろうし。
ただ、ストーカー騒ぎ以来、僕が久しぶりに鬼怒川先輩と行動を別にしたという点が頭の隅で引っかかっていた。
一ヶ月間校内・自宅以外は全ての行動を共にしてきた僕としては、隣に鬼怒川先輩ではなく茅ヶ崎がいるという事が多少違和感にはなっていた。
今も校内にいるわけだが、現在壬生高校は学園祭中である。
一般人が参加しているこの学園祭に、ストーカーが紛れ込んでいるという可能性を否定する事ができないのだ。
その意味では教師に生徒指導されていた方が、まだ安心できる。
・・・・・・・・・。
杞憂であれば良いのだが。
「ではお兄さん、行きましょうか」
先ほどまで推理していた茅ヶ崎が、またしても突然言い出した。
「お、おい。待てよ。行くって事は、ここは間違いだったってことか?」
「そうです。私としたことが失敗しました」
そういう茅ヶ崎は大して悔しそうではない。
寧ろ、当然というような雰囲気だ。
「『大海を知らず』を読み違えました。あの蛙はここで大会が行われることは知っていたんです」
「・・・・・・。どういうことだ?」
茅ヶ崎は黙って南側の校舎を指差した。
当たり前だが、この中庭は校舎に囲まれている。
北側の校舎には教室は無く、実験室や実習室、講義室などがいくつもある。
東と西の館には主に階段、通路、トイレなどがある。
南側には生徒達の教室がある造りをしている。
茅ヶ崎が指差したのはその教室の中でも特に―――
「―――さっきのお化け屋敷か」
「その通りです。さすが発酵食品」
「ついに二つの名みたいな感じになったな」
一方通行とか超電磁砲とかのあれである。
せめてもう少し自分で名乗っても恥ずかしくない字にして欲しかったな・・・・・・。
ねえ。
発酵食品って知ってる?
「お化け屋敷の教室からは―――当然どの教室からもですが―――この中庭を一望出来ます。つまりその教室にいる蛙は、ここで何らかの大会が行われる事を知る事が出来るのです」
「そうか! そうすると蛙が知らない大会は・・・・・・」
「体育館のライブで決まりでしょう」
・・・・・・まったく。
この短時間でこの中学生に何回感心させられるのだろうか。
本当に、最初から答えを知っていたかのようだ。
「そうと決まれば早く行かなきゃな」
中庭に来た事で、大分タイムロスをしている筈だ。
もしかしたら既に次のヒントに辿りついた人もいるかもしれない。
「んんー。お兄さんはそんなに豪華景品が欲しいいんですか?」
「いや別に景品には興味ないよ。寧ろそんな事今まで忘れていたくらいだし」
「じゃあ何でそんなに急ぐんです?」
「そりゃお前、折角茅ヶ崎が超推理を見せてくれてんだから勝たないと勿体無いだろ」
「ふーん。それじゃ景品を手に入れた暁には私が貰っても良いんですか?」
「良いも何も僕は何もやってないからな。それに豪華といっても高校生が用意できる景品なんてたかが知れて―――」
突然だが、あの『体は子供、頭脳は大人の名探偵』の漫画には頭に電気が走るという描写が頻出する。
それを体験してしまった。
と言っても分かり難いのだろうか。
しかし、それほどまでに衝撃的な閃きがあった。
まるで僕の頭を電流が駆け巡ったような感覚。
大富豪というトランプゲームでクーデターを起こしたような快感である。
「お兄さん・・・・・・?」
茅ヶ崎が怪訝そうに僕の方を見ている。
しかし、今は現状を冷静に分析する事の方が先決である。
ああ!
何故こんな事が思い付けなかったんだろうか。
なにせあの話をしたのは二ヶ月前の事だ。
だが忘れていたとしても仕方が無いとは言えない。
「お兄さん、一体何を―――」
「茅ヶ崎さん!」
緊張しすぎてつい、敬語になってしまった。
「・・・・・・何ですか・・・?」
「絶対に景品を手に入れるぞ!」
「どうしたんですか、いきなり・・・・・・」
「景品を他人に渡してはいけない! まだお前なら弁論の余地はある!」
「は、はあ・・・・・・」
もっと早くに気付くべきだった!
―――鬼怒川先輩の景品。
恐らく、それはあの高等技術によって作成された手作りのものだろう。
更に言えばそれは電子機器。
景品が複数用意してあれば尚更だ。
景品は十中八九、エロゲーである!
そんなものが男子生徒ならまだしも、女子生徒や校外の人間に見つかれば鬼怒川先輩の馬鹿さが露見してしまう。
強いて言えば、この愚行の結果の先にリコールも待ち受ける可能性もある。
何やってんだ、あの人は!
リコールされた元会長という肩書きで、大学進学に支障をきたさない訳が無い。
まるで自身の地位を賭けた人生ゲームだ。
「茅ヶ崎行くぞ! あの会長の人生が懸かっている!」
「ええ!? 会長さんのですか!?」
話が突然飛躍してるわけだから、茅ヶ崎が驚くのも仕方がない。
馬鹿みたいな博打をした鬼怒川先輩が悪いのか、それとも気付くのが遅れた僕が悪いのか。
論じる暇も無く自明である。
とは言ったものの、焦っては元も子もない。
そういうわけで僕達はゆっくりお喋りをしながら体育館に向かっていた。
「ところで茅ヶ崎」
「何でしょう、お兄さん。結婚とか婚約と言う単語が出た時点でお兄さんのその趣味の悪いカツラを宇宙の彼方にふっ飛ばしますので、宜しく御願いしますね」
「先回りした挙句、根拠の無いガセ情報を読者に植え付けるだと!?」
カツラと言う嘘だけじゃ飽きたらず、『趣味の悪い』というオプションまで付けられた。
「そうですよ。その緑だか青だか判別付かないような色のパーマは、ただ見る人に目を逸らさせるだけの視覚的シールドです」
「やめろやめろやめろ! 僕はそんな色のカツラはつけていない!」
そもそもカツラなんて付けてねえよ!
話し掛けるだけで奇怪な色のカツラを付けている事にされるなんて正気の沙汰じゃない。
精神的外傷になりそうだ。
・・・・・・ならないけど。
「ところで何のようです?」
「ん?結婚だっけ?」
「約束通りカツラをふっ飛ばします。え、あれ、カツラじゃない? 地毛!? その緑か青の不快な色のパーマは地毛!?」
「何一人で三文芝居してるんだよ!」
今日の茅ヶ崎は積極的に僕を陥れてくるな・・・。
悲しいような嬉しいような・・・・・・。
気持ち良いと言う感情も拭い去れない。
「話せば話すほど変態ですよね、お兄さんは。主人公をやっている事に心は痛まないんですか?」
「まあ、はっきり言えば、痛むな」
え。―――と茅ヶ崎が目を見開いた。
「心を痛めているのに、何で生きてるんですか?」
「どうしてやたらと死を強要するんだよ!」
お前ら女子中学生の中では、自殺を勧めるのが日常茶飯事なのか?
「そうですよ」
「嘘でしょ!?」
冗談のつもりで言ったんだけど!?
「今じゃ挨拶のように使っています。おはよう、こんにちは、ごきげんよう、死んでください」
「どこの死地だ、そこは!」
恐ろしい風潮である。
「それで、自分が主人公であることをどう思っているんですか?」
「どちらかと言えば疑問を持っているって感じかな」
疑問、ですか。
偉そうな事をおっしゃるのですね。
茅ヶ崎は僕の言葉を吐き捨てた。
真意も聞かずに。
いや、きっと真意と言うような大そうなものは聞く必要も無いと判断したのかもしれない。
本当に今日の茅ヶ崎は毒舌だ。誰かのがうつったのかな。
しかし、僕は話さずにはいられない。
「僕は主人公だけど、魅力というものが存在しないと思うんだ」
「皆無ですね」
「そう、皆無。虚無と言っても良い。虚しく何も無い。これまでの話の中で僕が意味があることをしたとすれば、茅ヶ崎、お前の両親に生意気な口を利いただけだ」
いや、それも不要だったのかもしれない。
「麻香の誕生日にプレゼントを渡したじゃないですか」
「そんなもの毎年やっていただけの事だ。友達のいない妹に同情、・・・・・・違うな。その部分だけでは妹に勝っていることを誇示したいが為に祝ってる振りをしただけだ。そして結局、その日はカツアゲされて、妹のお膳立てで不良を倒し、最終的にはお前らに一日遊ばれただけ。僕の魅力なんてものは微塵も感じられない」
そう。
愛も勇気も、友達どころか知り合いでもない。
エキストラも良いところ。
「僕は他の主人公が持っているものを何一つとして持ち合わせていない」
例えば。
カリスマ性とかな。
「大丈夫ですよ」
茅ヶ崎は打って変わって優しい口調で僕に言った。
「勝利への情熱も、恐怖に対する勇敢さも、特別な能力もお兄さんは持っていませんが―――」
内容は全然優しくなかった。
辛口である。中辛ぐらい。
「―――お兄さんには何も備わってないのが魅力なんですよ」
「普通の人じゃねえか」
「そうです。ステータスでいえば一般人です。しかし、お兄さんがこうして私達の物語を語っているということは、お兄さんが主人公である理由があるんですよ。何も無いわけではありません。この物語の主人公が麻香ではなく、お兄さんである確たる理由が存在するはずなのです」
そこで。
その茅ヶ崎は言う。
いつの間にか体育館の入り口に到着していたが、少し立ち止まって言った。
「次作辺り、お兄さんのエピソードかもしれませんよ」
「伏線かいっ!」
明らかに次回予告じゃねーか。
ん、待てよ。
僕のエピソードが次と言うことはこの小説は最終回が近いと言うことか・・・・・・?
「ま、そんなことはどうでもいいのです」
そう言いながら茅ヶ崎は体育館の中に入っていく。
「・・・・・・ばっさりだな」
切り捨てやがった。




