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妹の暇潰し  作者: 王手
妹の手間潰し
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鬼怒川先輩の出したヒントは至極簡単なものだった。


かつて天才である我が妹麻香に、「自分に近い存在」とまで言わせた頭脳を持つ茅ヶ崎栄には、考える時間は一分と必要なかった。



「お兄さん、1つ」


「ん? プロポーズか?」


「この学校に井戸もしくは井戸の跡なんてものはありますか?」



プロポーズという単語には一切動じない茅ヶ崎。


洗礼されたスルースキルである。



「いや、以前学校を回ったけどそんなものは聞いた事がないな。今時そんな危険なものは直ぐに撤去されるだろうし」



そうですか。


では、と茅ヶ崎は切り上げる。



「解けたのか?」


「ええ。探偵風に言うとしたら、謎は全て解けました、ですね」



そう言って茅ヶ崎は僕に付いて来るように促した。


歩き出す茅ヶ崎に付いて、僕は言った。



「是非解説願いたい」



そもそも暗号とか、なぞなぞが苦手な僕には見当も付かない。


実際、早々に僕は考えるのを止め、茅ヶ崎が解くのを待っていたところである。


いつからだろうか。


こんな諦め癖が付いたのは。



「お兄さんは先程、お化け屋敷をやっている三つのクラスをはしごしましたよね」


一番完成度(クオリティ)が高いクラスはどれか、見比べてやろうぜって一緒に回ったやつだろ」



昔チラッと言ったが、今回の『柊祭』には三クラスがお化け屋敷を催している。


茅ヶ崎と全ての教室を巡回したが(生徒会なのでただでは入れる)、結局最後の一クラスが一番面白かったという結果になった。


小道具も作り込まれていて、雰囲気はそれなりに出ていたと思う。



「その、最後に行った小道具に力を入れていたクラスに宝は有るはずです。お兄さん、あのお化け屋敷の特にセットは何がありました?」


「セットだと? 暗いからよく見えなかったからなあ・・・・・・。えっと、破れた障子、柳の葉、古井戸・・・・・・ん?井戸?」


「それです」



茅ヶ崎はニヤッと笑った。



「会長さんの暗号は暗号と呼ばれるほど暗号ではないんです。どちらかと言うとなぞなぞに近い、漢字パズルですね」



ほう、と僕は相槌を打つ。



「暗号の丼の中身は恐らく漢字の『丼』の『、』の部分なのでしょう。それが無いと言うことは・・・」


「『井』。つまりは井戸と言うことか」



ですが。


これでは少し簡単過ぎます、と茅ヶ崎は言う。



「確かに聞いてみれば簡単だな。これなら茅ヶ崎以外にも直ぐに暗号を解いてくる奴がいるだろう」


「私も宝はそこにあるなんて言いましたが、恐らくはこのイベントは暗号が次の場所を指示するRPG的なゲームなんでしょう。次のヒントがその井戸に書かれていると思います」



まさに鬼怒川先輩の好きそうなイベントだ。


彼女は自分でゲームソフトを製作するほどのゲームクリエーターなのである。



「しかし良かったな、茅ヶ崎。お前が一番乗りみたいだぞ」



話している間に目的地であるお化け屋敷に到着したのだが、そのお化け屋敷の教室には余り人の気配がない。


中に数人いるとしても、それはきっと純粋にお化け屋敷を楽しんでいる人たちであろう。



「あれ、君達ってさっき来てくれたよね?」



受付の生徒が僕らを覚えていたようだ。



「そんなに良かった?うちのお化け屋敷。ただで見ていったんだから感想ぐらい聞かせてよね」



成程。


覚えているわけだ。


生徒会の仕事などといって他校の女を連れ込めば誰でも頭に残ると言うわけである。



「ええ、まあ。小道具が作り込まれていて一番面白かったです」


「あはは。ありがと。製作者も喜ぶよ」


「誰かが一人で作ったんですか?」


「いやいや、まさか。みんなで作ったんだよ。でも、設計とか構成を考えたのは一人。君も知ってるだろう? 生徒会長だよ。生徒会長鬼怒川夜見世」


「!?」



僕と茅ヶ崎は顔を見合わせた。


どうやら正解のようだ。


自分のクラスの出し物に細工するのは容易(たやす)いだろう。



「夜見世の奴も生徒会の仕事で忙しかっただろうに、自分がやるって聞かなくって・・・・・・。まあ、そのおかげで君達に褒められたわけだから一件落着としますか。さ、入るんでしょ?」


「失礼します」



今回も無銭で入場してしまった。


多少罪悪感を覚えてしまう。



「そんな事よりお兄さん、あれです」



茅ヶ崎の指差す先には良くできた井戸のレプリカが置いてあった。



「このどこかに書いてあるはずです」



茅ヶ崎は中を覗き込んだ。


が、驚いたように少し後ろに飛び退いた。



「きゃっ」


「どうした!?」


「ビックリしました。中を見てみて下さい」


「分かった」



言われ僕は中を覗き込んだ。


んん。


これは。



「何だ、カエルの作り物じゃないか」



そこには緑色のアマガエルの玩具が置いてあった。


玩具といってもリアルな製品で、この暗がりの中で見れば最初は本物と見間違うだろう。



「作り物・・・・・・?」


「おうおう茅ヶ崎。もしかして両生類が無理な口かい?」


「く・・・・・・」



僕に苦手なものがばれたのがよっぽど悔しいのか、歯を喰い占めていた。


作り物と分かっても、この近付き難い茅ヶ崎の雰囲気では隠しきれないもんな。



「両生類が無理なわけじゃないです。寧ろサンショウウオ系はいけます。家でオオサンショウウオを飼ってるくらいですから」


「おいおい、混乱して墓穴掘ってんじゃねえよ」



天然記念物を家で飼育してんのか、お前は。


虚勢を張っているのがバレバレだろうが。



「それにしてもカエルか。まるで『井の中の蛙大海を知らず』っていう(ことわざ)の模型みたいだな」


「それはそうでしょう。それが次のヒントなんですから」



両生類の恐怖から立ち直った茅ヶ崎は(それでも数歩後退りしているが)真剣な顔になっていた。



「ここでは他の人の邪魔になるので、外で話しましょう。いざ」



カエルの精神的打撃は想像以上に強大だったようだ。


普段なら『いざ』なんて言葉使わねえもん。


そして茅ヶ崎はお化け屋敷を出たところで次の目的地に歩き始めた。



「お、おい。もう次の場所が分かってるのか?」


「正解なら今お兄さんが言ったじゃないですか」



ふう、と茅ヶ崎は溜息を吐いた。



「心底残念な脳みそですね。さすが腐っても麻香の兄、と感心したのに」


「別に僕は腐ってねえよ」


「ご安心を。納豆とか味噌とかのあれです」


「発酵もしてねえよ!」



僕はどこぞの健康食品だよ。


まさに日本料理か。



「確認です。お兄さん」


「今度は何だ?」


「学園祭中の小ステージは中庭の小ホールで開催されてるんですよね」


「ああ。朝言った『全校変顔コンテスト柊祭編』も中庭に設置されたステージで行われている。しかし茅ヶ崎、この時間帯だと何も催されてないぞ」



丁度鬼怒川先輩が指定した時間、午後二時までは何の予定もない。



「さすが会長さんですね。考えてあります」


「どういうことだ?」


「『井の中の蛙、大海を知らず』ですよ」


「は?」


「上の『井の中の蛙』って言うのはあのお化け屋敷の井戸のことを表しているんですよ。つまりは正解、と。次のヒントは下の『大海を知らず』です」


「大海だと? ・・・・・・大海、・・・たいかい、・・・大会?」


「そうです。恐らくはこのレクリエーション中は大会という大会を知る事が出来ない。即ち開催されない場所のことです」


「そこで中庭のミニステージか」


「パンフレットで見る限り、体育館のステージはバンドライブ中です」



推理を聞いてるうちに何度も、茅ヶ崎が麻香の友達であると言う事実を思い出さずにはいられない。


当然麻香ほどじゃないが、この中学生も十分頭が切れる。


頭が良く回っている。



天才の片鱗(へんりん)を垣間見るということは僕にとって恐怖を感じるところがある。


麻香のせいであることは明白であるが、それでもこの可愛い後輩を少しでも怖いなんて思いたくない。



『完璧な人間はいない』



いつか麻香が言った言葉だ。


もしかしたらその『完璧』を僕は無意識のうちに恐れているのかもしれない。



『普通じゃあ有り得ないことがあればそれに恐怖するわけ』



つまりはこういうことだろう。


そもそも完璧と言う言葉自体が不安定な存在なんだよな・・・・・・。


不安定で。


不確定。


麻香の完璧の定義は自分の中にあるらしいが、僕はどうだろう、と考えてしまう。


それがハッキリしない時点で、僕は完璧には程遠いのだろう。


窓から見える空は朝よりも雲を増している。


僕は携帯で午後の降水確率を調べる気にはならなかった。


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