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妹の暇潰し  作者: 王手
妹の手間潰し
23/45

205

それはつい昨日の放課後、いつものように生徒会室に向かい、鬼怒川先輩の隣で学園祭の事で諸作業をして、やっとそれを終えた時の事だった。


先輩は僕が部屋に赴いた時から終始パソコンの画面と何やら格闘している。


だが、それは仕事をしているのではなく―――恐らくは―――マインスイーパ辺りを興じているのだろう。


小学生にパソコンの使用を許可すれば、スタート、全てのプログラム、ゲームと進む子が多いはずだ。


その中でも、ルール説明を比較的必要としない、それこそまだ漢字を読む事ができない子供さえも出来る項目は、ソリティア、ピンボール、マインスイーパであろうか。


そんな簡素なゲームこそ高校生になってふとした拍子に嵌る事がある。


ソリティアの一分台を目指して、休日を一日無駄にした事がある僕が言うのだから間違いない。


しかしそう分かったようなことを言っても、僕はマインスイーパが苦手で仕方が無い。


未だにクリアしたのは初級編である。


上級編の大きなウィンドウを見るとやる気が削ぎ落とされるのだ。


それにしても鬼怒川先輩のピンボールのハイスコアなんてのはどうなっているのだろうか。


何故落ちないの? 


と言うほどの無限ループ。


僕なんて、ボールが一瞬消えるか止まるかするときに―――つまり急に光ったり騒がしい音が鳴ったりするときなど―――に混乱してしまう。


必死にパタパタしたとしても、両端の「ここ、もう救いようがなくね?」という場所に入り込まれ、すぐに残機が0、ゲームオーバーになってしまう。


とにかく、何のゲームか知らないが(よくよく考えればただ単にエロゲーなのかもしれない)、先輩がパソコンをいじっていたおかげで、静かに作業をこなす事が出来た。


そりゃあもう驚くほどスムーズに。


結果的に、いつもの数倍のスピードで、数十分の一の時間で今日のノルマを達成することが出来た。


よって当然ながら時間が余ってしまったのである。


それを見計らってか、鬼怒川先輩は僕に話し掛けてきた。



「終わったかね?」


「ええ、珍しく静かだったので集中出来ました」


「棘があるなー。ところで君。プールに行こうと思うのだがお金あるかい?」


「・・・・・・いくらですか?」



そう言って僕は財布を取り出す。


すると鬼怒川先輩は僕が中身を確かめる前にそれを取り上げ、千円札を数枚手に取った。


うおい。


立派な窃盗罪だぜ?



「いやいや借りるだけだよ。未来永劫(みらいえいごう)


「返す気無いじゃないですか。至急僕の野口を返してください」


「まあ待て。私はこれを貯蓄(プール)する気は無いんだ」


「それが言いたかったんですね。気が済んだら返してください」


「冗談だよ。いや、プールと言うのは冗談ではない。私は今週末、つまり明日にでも行こうと思っているのだよ」


「はあ。そうですか」



どうでもいいからお金を返してほしい。



「他人事のように言っているようだが、君も行くのだぞ」


「はあ!? 何故ですか!?」


「さっき思いついた。何も心配する事はないぞ。寧ろ期待に胸を躍らせておくと良い。なにせ大人気の生徒会長と水着デート出来るのだから」


「確かに嬉しくないこともないですが、僕の野口で―――」


「嬉しくないこともない?」


「・・・・・・・・・嬉しいです」


「よし、決定だな。入場料ぐらいは先輩として私が奢ってやろう。臨時収入が入ったのだ」


「貸したんですから返して下さいよ・・・・・・」







そんな訳で今日僕は、俗に言う健康ランドなるものに訪れていた。


普通健康ランドと言うものは、ジャグジー、バス、サウナ、マッサージサービス、ゲームセンターなど、リラックスする事を目的とした公衆浴場だが、今回訪れた場所にはプールも完備されている。


室内温水プールであれば夏だろうが冬だろうが気温に左右される事なく遊泳が可能だ。


六月という微妙な季節でも先輩のプールで泳ぎたいと言う我侭(わがまま)が通ったのもその為である。


僕は欠伸(あくび)をしてロッカーの鍵を開けた。


更衣室にあまり人は居なく、それが僕を安心させてさっさと水着に着替えた。



「水中カメラでも持ってくれば良かったかな」



―――仕方ない。


網膜というフィルムに、白日の下に(さら)される会長の巨乳を焼き付ける時が来たようだな・・・・・・。


よっしゃ、こい!


僕は気合を入れ、更衣室からプールの入り口に向かう。


プールに出ると、丁度女子更衣室から出る先輩と鉢合わせした。



「先輩ご馳走様です!」



反射的にお礼の言葉が口をついてしまった。


やべえ。


これはやばい。


何あれ、え、メロン!?


明らかにお歳暮のメロンクラスだわ。



「うん。たんとお食べ」


「頂きます」



しかし、僕の手はメロンを掴むことなく空を切った。


逆に、僕の身体は宙を舞ってプールにぶち込まれる。



「コンマ二秒で手が動くとは・・・・・・。躊躇(ちゅうちょ)はしないのか、君は」



多少フライングした飛び込みから体勢を持ち直し、プールの下から見た先輩の目は、明らかに汚いものを見る目であった。


あちゃー。


ついやっちゃったよ・・・・・・。


しかも監視員がこっちを睨んでいる。


飛び込み禁止とはいえ投げ込み禁止ではないはずなのになあ。


投げ込みの方が悪質だろうけど。



「プールといえばお待ちかねのサービスカットだな」


「ポロリだとしても小説じゃ無理ですね」



プールから上がり、シャワーを浴びに行く先輩を追いかける。


僕はもう必要ないだろうが。



「この完璧なプロポーションを拝めないとは・・・・・・。残念だろうな」


「ボケなんですか? 本気なんですか?」



いまいち判断し辛い発言である。



「こういう振りは分かりにくい、と。メモメモ」


「メモする必要性はないかと・・・・・・」


「私の胸を揉めって言ったんだよ」


「良いんですか!?」



今回は動き出そうとする自分の身体を抑え、自制できた。


先輩が完全に投げる構えを取っていたのが気になるが。



「色仕掛けに弱い、と。モメモメ」


「本当に誘ってるんですか!?」



もう一度投げたいんだろうか。


期待した目でこちらを見ている。



「いや、結構痛いですから・・・・・・」



水の衝撃を侮るな、と言ったところである。



「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」


「・・・っせい」



ある意味断れない質なので、会長のために再度プールに叩き込まれた。


しかし。


今回はしっかり胸に触ってきた。


僕もただでは転ばないのである。


僕が監視員に睨まれながらプールを這い出た時には、先輩はシャワーを浴び終えていた。


そして、僕らはあることに気付く。



「おお、なかなか速いな」



鬼怒川先輩は僕の感想も代弁してくれた。


50mの競泳用のレーンを魚類の如く物凄いスピードでクロールする女性がいた。


水を掻く手と水面を蹴る足は綺麗なフォームをとり、その姿は人の目を惹いた。


女性は何度かプールの端をターンした後、僕達とは反対側で止まり、水から上がった。


んん?


あれれ?


僕は再度、ある真実に気付いた。



「君、あの人に速く泳ぐコツでも訊いてみないかい?」


「いえ、止めておきましょう。あの人も忙しいと思います」



健康ランドに居る時点で忙しいもないだろうが、絶対にあの女に会わせる訳にはいかない。



「どうして? 何事も訊いてみなくては」


「いやいやいやいや。止めましょう。確実に後悔します。是非あっちで泳ぎましょう。僕と一緒にイチャイチャしましょう」



僕はそう言って子供用の浅いプールを指差した。


どう考えても不自然である。


嘘はやはり苦手だ。



「どうしてそう(かたく)なに嫌がる?」



いや、だって。


あれ、麻香だろ。


あんな長い髪をしている奴がそうそう居るはずがない。


それ以前に、僕があいつの顔を見間違えるはずがない。


とにかく、こんな所で妹に会えば、後で何を言われるのか分からない。


面倒な事はゴメンだ。


・・・・・・・・・まてよ。


ここに麻香が居るという事は。


その時、ベンチに座る麻香に飲み物だろうコップを二つ持って近付く、水着姿の少女がいた。



「やっぱり訊きに行きましょう、泳ぎのコツを。いえ、行くべきです、先輩」



あの少女に会うのも割りと久し振りな気がする。



麻香の事も忘れ、僕は鬼怒川先輩を連れてばれない様に接近した。



「よお、茅ヶ崎、結婚しようぜ」


「うわあっ! ビックリした! 今世紀の人類最大の汚点、お兄さんじゃないですか!」


「その不可解な二つの名は置いておいて、会いたかったぜ。結婚しよう」


「嫌です」


「当然だな」


「当たり前だね」


「集中砲火!?」



何故か全員から突っ込まれた。


軽口のつもりがとんでもない大火傷である。


凡ミスだ。



「会ってすぐにプロポーズって本当に人間なんですか?」


「そう言われると自信はないが、多分人間だぞ」


「人かどうか分からない生き物と結婚なんかできませんよ」



もっともである。



「なあ君。この子達は君の知り合いかい?」


「ああ、そうでした。こっちのでかいのが僕の妹の麻香で、こっちの小さい方は僕のフィ―――」


「麻香の友人の茅ヶ崎栄です」



対応が早い。


僕に慣れてきたのだろうか。



「私は壬生高校の生徒会長をやってる鬼怒川夜見世だ。それにしても君に妹が居たとはな。私には鬼怒川夜風という姉が居るが、数年前に魔法使いになるとか言って、家出をしてから会ってない」



姉もキャラ濃過ぎる・・・・・・。


いずれ登場するのだろうか・・・・・・。


恐るべし、鬼怒川姉妹。



「君も見た目は弟だけどな」


「気にしてる事をさらりと言われた!」


「いいじゃん別に、本当なんだから」


「おま、この身体差別にどれだけ苦しめられたか知ってるか!?」



小学校中学校と、『中川家』と何度馬鹿にされたことか・・・・・・。



「まあまあ、落ち着いてお兄さん。それよりも小さい私がここに・・・・・・・・・って私にプロポーズするのは私がお兄さんよりも小さいからですか!?」



何か重大なことに気が付いてしまった茅ヶ崎さん。



「・・・・・・・・・」


「お兄さん?」


「空が青い」


「ここ室内ですよ! 誤魔化さないで下さい」



遂に気付かれてしまったか。


僕は内心冷や汗をかいていた。



「それにしても知らなかった。君がこんなに気軽に求婚するほど軽い男だったなんて」


「そうなんですよ、会長さん。凄い迷惑してるんです」



真顔で言わないでほしい


泣いちゃうから。



「私には一度も言ってくれないのに」


「そっち!?」



嫉妬してくれてるんだ!?


泣きたい気持ちが吹っ飛んだ。



「でもやっぱり断るけどな」


「期待させておいて!?」



プロポーズさせておいて断るんだ。


一時期大ブレイクしたお笑い芸人のつまらなさに気付いた世間の手の平を返した時ぐらいのどんでん返しである。



「私にもしてくれないよね?」


「お前は妹だろうが!」



そんな暴挙を犯した日には、気まずくて仕方がないだろう。



「そうだ、妹さん」



鬼怒川先輩は思い出したように麻香に切り出した。



「さっきの泳ぎを見て感心させてもらったよ。何か速く泳ぐコツでもあったら伝授して貰いたい」


「コツなんてありませんよ。あれは最適化の結果です」


「最適化?」


「手の入水角、バタ足の動きを最良の形にしただけです。既存のスタイルを少し変えただけでもタイムは何秒も縮める事ができます。会長さんの場合、水を掻いた後、手を伸ばすのが遅いです。水に手を付けず、伸ばしきってからみずを掻き始めるといいですよ」


「・・・・・・君は何故私の泳ぎを見ずとも具体的なアドバイスが出来るんだい?」



当然の疑問だ。


先輩が首を傾げるのも無理はない。


僕は何か悪い予感がした。



「おい、麻香―――」


「自分で言うものなんですが―――」



僕を無視して微笑みながら言った。



「―――私頭が良いんです」



言った。


恐らくは僕の身長とは比べ物にならない程のコンプレックスを麻香は突然言った。



「・・・・・・・・・」



この思い切った発言には茅ヶ崎も緊張している。


一気に温度が下がった。



「そうか」



鬼怒川先輩は目を瞑って言った。



「では頭の良い麻香ちゃんに質問ついでに相談しても良いかな?」


「構いませんよ」


「実は私は先月辺りからストーカー被害にあっている」


「兄貴、遂に犯罪を・・・・・・」


「いや、僕じゃねえよ!」



取り敢えず僕を疑うのは止めろ。



「冗談はとにかく、それは本当ですか?」



ここは茅ヶ崎が方向修正をした。


興味が湧いたのかどうか知らないが、この話題は僕も初耳である。



「最初の頃はしつこくメールをしてくる程度で、何度かアドレスを変更しながら無視していたのだが、最近になって行動がエスカレートしてきている」


「例えば?」


「街を歩けばストーキングされる。何回か写真も撮られたこともある。最近は家の近くの喫茶店で私の動きを見張っている」


「結構酷いですね」



問題は深刻そうだ。



「警察には言いましたか?」


「学園祭も近い事だし、あまり警察沙汰にはしたくないのだ」


「それは困りましたね・・・・・・」



麻香は腕を組んでしばらく考えた後、こう言った。



「それでは兄貴をお貸ししましょう」


「「「は?」」」



麻香以外の声が重なった。



「外出する時は兄貴に連絡してください。付き添わせますんで」


「ちょっと待て、こら! 何勝手に決めてんだよ。僕が毎回動くより、お前が一発で解決すれば良いじゃねえか」



付き添うこと自体やぶさかではないが、求められているのは早期解決である。



「兄貴には理解しがたいだろうけど、これが最良なの。私が出たって誰も救われない。どうせ解決するなら最良の方法を選ばないと」


「ん・・・・・・」



麻香が言うならそうなんだろう。


僕はそう考え押し黙った。


鬼怒川先輩はしばらく沈黙を守った後、



「それでは頭の良い麻香ちゃんを信じて君の兄を拝借するとしよう」



と、言った。


この時点でこの事件のオチを知る者は麻香だけである。


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