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来たる日がやってきた。
三月某日。
高校入試後期。
これまでやってきた(と言うか、やらされてきた)努力の成果を発揮する時が目前と迫っている。
―――いや。
こんな強要されたなんて言い方をしたら麻香に失礼だ。
理由は何であれ、この長期間にわたって僕の成績を合格ラインまで引き上げてくれたあの妹にはもっと感謝の念を示すべきだと思い前言撤回する。
しかし、今日は受験当日である。
今まさに僕が激しい受験戦争に初陣を挙げようとしているのにも拘らず、彼女は何をしているのか。
ここまできたら「頑張って来い」の一言ぐらいは頂戴したかったのだが、妹は僕が家を出る間には遂に起きる事が無かった。
麻香の性格上、無駄と思ったことはしないので、今から可愛く僕を追いかけて応援するとは思えない。
よって必然的に麻香は今もベッドの中に居ることだろう。
それでも麻香の登場を僕は、この市立壬生高校の正門前で願わずには居られない。
三月と言ってもまだ冬の寒さが残っているので、朝は寒い。
特に今日は―――春が近いなんて章間冒頭で格好付けて呟いていた頃の自分を疑いたくなるような、受験生への天からの試練かと思うような―――そんな不自然な冷え込みである。
僕は荷物を増やさないために、中学校の制服の上には何も羽織っておらず、周りの送り迎えの親が居る―――つまりはどんなに着込んでも、脱ぐ時には保護者様に代わりに預かってもらえる―――生徒を心の中で恨み、肩を震わしていた。
そしてふと気付く。
麻香なら今朝が冷え込むことを昨日の内に知っている筈だ。
そこから導かされる推論は―――
「・・・・・・あいつ、寒いのが嫌で起きないんだな」
何とも淡白な妹であった。
この低温下での緊張は、精神をとても追い詰める。
誰かと話そうにも、一緒に受験する友人は全員、暗記カード(カードの裏表に問題と答えを別々に書いて記憶する受験生のお供みたいなやつ)とまだ必死に睨めっこをしている。
僕は既にそんなことしても意味など無いと思っているので、受験票を何度も確認しながら校内入場を待っているのである。
つかこの寒さ、本気でやばい。
せめて、マフラーでもして来れば良かった。
「よくもまあ寒そうな格好で居るよな受験生」
棒読みで、句読点など全く有りもしない台詞が、突然背後から僕に掛かった。
僕は後ろから話し掛けられるのが多いようだ。
「私はそういう根性は嫌いじゃないが・・・・・・寧ろ好きな方だが、それではこれから始まる受験に支障がありそうだぞ?」
今度はしっかりとしたアクセントを効かせた言葉だったので、話し掛けてきたのが音声プログラムだと言う仮説は(元々立てていないが)、否定された。
後ろを振り向くとそこには女子高校生が居た。
僕より少し高い身長に、バランスのいい体型。豊満な胸は同世代の中では、大きいクラスであることには間違いは無い。そして読者の予想を決して裏切らない綺麗な顔立ち。麻香や茅ヶ崎とはまた違った、美女である。喋り方は男っぽいが、顔は全然そうは見えない。
まあ、ここで可愛くも無い中の下みたいな人が出てきても困るんだけどね。
そんな人に一々名前とか付けていると、読んでいる方も、書いている方も誰が誰だか分からなくなっちゃうんだよね。
登場人物は極力少なくしてるから、一人一人に魅力が無いと影薄くなっていくし。
と、閑話休題。
芳容の女子生徒はそのまま着ていたジャンパーを脱ぎ、僕に差し出してきた。
「君に貸そう。と、言っても後数分だろうがな」
「あ、ありがとうございます」
僕はいつもなら断るところだが、本当に寒かったので、瞬時にお言葉に甘えることにした。
お。
この人の温もりが残っていて暖けー。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
危ない危ない。
つい美女から借りた物だったので変態思考が突出してしまった。
善意を無駄にしてはいけないな。
「私の温もりを感じているか?」
「本当に善意なのか!?」
うおおおい。
まさかの切り返しに初対面なのに突っ込みいれちゃったよ。
予想外だよ。
もうソフトボールの授業で、次のバッターは女子だから内野を守ろうぜとか話し合ったのに、普通に右中間抜けた感覚だよ。
「私はこうやって受験生を茶化すのが中学校の頃からの夢だったのだよ」
「傍迷惑な夢実現させちゃった!」
「だから私は登校禁止のこの日に学校に居る為に、生徒会に入ったのだ」
「世も末か!」
不純過ぎるわ。
・・・・・・。
さて。
どうしたものか。
条件反射のように、次々に突っ込んでしまった。
初対面だと言うことを忘れずにいこう。
自重自重。
「君は面白い奴だな。私に名乗りたいと思わせる男など、そうそういないのだぞ。男は皆空けばかりだからな。では取り敢えず名乗っておこう。私の名前は鬼怒川夜見世。今年二年次に進級する予定だ。君がこの高校に受かったときが楽しみだよ」
僕は楽しみでも何でもないのだが。
入学以前から変な人に絡まれてしまった。
唯一の救いは鬼怒川先輩が美人だという事だ。
それにしても。
主人公体質というのは体験すると、逆に恐ろしく思えてくる。
人生まだ十数年しか生きて来てないが、女子とはまったく関わりを持たなかったのに、この数ヶ月で早くも二人目の美女。
このペースでいけば、清純系眼鏡ドジっ子とツンデレ幼馴染が登場して、ハーレム展開になるのは必至だろう。
清純系眼鏡ドジっ子というのはこの場合、僕と委員会が一緒になってしまい、二人だけの作業となってしまう。しかし真面目に奮闘する少女はドジばっかりする少女で―――みたいな展開だ。
対してツンデレ幼馴染と言うのは、当然金髪ツインテールで、幼少期の頃に県外に引っ越してしまったのだが、高校生になって都合良く戻って来て転校生として扱われるのだが、僕は本人から直接幼馴染だったことを告げられ始めて気付く―――の様な展開になる。
あれ、聞いた事がある・・・。
しかし。
別に嬉しくない。
ハーレム展開といえば聞こえは良いが、最終的に一人に絞らなくてはいけない僕の立場は、相当大変なものだろう。
―――そう簡単にいかないのが、人生というものだろうか。
「君の名前は言わなくていいぞ。私は気に入った人にはあだ名を付けるのだ」
「何かもう凄いキャラ設定だ!」
そうきたか!
遂に僕の名前が公開されるのかと冷や冷やしていたが、そうきたか!
「そうだな・・・。『アフロ』というのはどうだ?」
「別に僕はアフロではありませんよ!?」
「何を言う。君のアフロが無ければ、私は話しかけなかったぞ」
「僕のこの襟足さえも極限まで切り込んだ短髪を見て、どうしたらアフロに見えるんですか!?」
「中には色々な物が仕舞えそうだな」
「よく知りませんが、そんな便利なものじゃないと思いますよ・・・」
そんな発言、読者がビックリするでしょうが。
え? 今までずっとアフロだったの? って思うでしょうが。
そもそもアフロで受験に来るとか、受かる気無いでしょ。
「それでは『スライムベス』」
「何故!? 何故ここでドラクエネタ!?」
しかも普通のスライムではなく、マイナーな存在であるスライムベス。
赤くなっただけなのにメラを覚えてるんだよな。
ノーマルより少し強いし。
「私はFFよりもDQ派だ」
「へえ。鬼怒川先輩はゲームやるんですか」
「やるとも。ゲームは嫌いじゃない。寧ろ好きな方だ。近くにあるゲームセンターの太鼓の達人のランキングは、殆ど私が占拠している」
鬼怒川先輩はそう胸を張る。
ああ。
そういえば麻香とゲーセンに行った時に、殆どの曲に『おにかわ』と言う名前が登録されていた。
鬼怒川の鬼と川を取って、『おにかわ』か。
実はその後全て麻香が記録を塗り替えたのだが、それは知らない様なので黙っておこう。
「新作ゲームは買った週に攻略しないと気が済まない」
「分かります。その気持ち」
「おお、共感してくれるか」
「はい。僕も購入した日なんかは寝ないでしますよ」
「それで次の日の授業は寝ちゃうんだよね」
「確かに」
「それでも懲りずにまた夜更かししちゃうんだよね」
「その通りです」
「気付いたら不眠不休で三日も起き続けていたと言うのもあるよね」
「それは無いです」
何を言っているのか。
そこに通じ合うものはない。
超人か馬鹿か、紙一重だ。
そういう人に限って直ぐに飽きてやらなくなるんだよな。勿体無い。
「ところで君に耳寄りな情報だ」
「・・・・・・。何でしょうか?」
期待するどころか、悪い気しかしないのだが。
そもそも僕の何を持って耳寄りなのだろうか。
「ハンバーガーに挟まれているピクルス並みに重要な情報だ」
「うわっそれ、滅茶苦茶大事じゃないですか!」
ハンバーガーにとってのピクルスは、非常に重要なアクセントだ。
たまに、ピクルスを抜いて食べる人が見受けられるが、僕にとっては考えられない。邪道である。
それ程大事と言う鬼怒川先輩の情報は、どんなものなのだろうか。
「試験内容を知っている」
「この学校大丈夫か!?」
今更だが、入るのが嫌になってきた。
何でこの高校生が、極秘である高校受験の問題を知ってるんだよ。
「ソースは教師。さっきこっそり教えてくれた」
「教師までも腐ってる!?」
しかも暴露しちゃっていいのかよ。
「大丈夫さ。私は君にこの高校を受かってほしいのだからな」
「完全な私事ですね」
「実はな・・・・・・」
ここで鬼怒川先輩は、声を潜め、トーンを低くした。
嫌でも身構えてしまう。
「英語のテストの第一問はリスニング問題だ」
「万人周知の事実だよ!」
ちゃんと対策してきましたよ。
少し期待した僕が馬鹿だった。
大体、前振りが簡素だと思ったんだよ。
「そうそう。あだ名の話をしていたんじゃなかったか? 今、とても良い名前を思いついたのだが」
「ああ、そういえば」
そうでしたね・・・。
鬼怒川先輩の顔を見る限り、また却下しないといけないことが容易に想像できる。
「君のつっこみに敬意を表して。『つっこみん』」
「うわあ! 想像以上に酷だあ!」
それはもう、ネーミングセンスがどうこうという次元を超えちゃってます。
敬意の欠片もない。
「全く君は文句が多いな。あの名作ゲームから引用すれば駄目だと言うし、私直々に思いついたのを言って見ても駄目だと言う。そんなにニックネームを付けられるのが嫌か?」
「嫌な訳ではないですが、名作ゲームも鬼怒川先輩が思いついた物も、人を呼ぶには余りにも恥ずかしいと思います。『パパス』の方がまだマシです」
そして何気に『あだ名』の呼称を変えるな。
「分かったよ。そんなに私のセンスが嫌いなら、君にはニックネームを付けない」
「えっ、それじゃあ」
初、主人公自己紹介?
「君の事は『君』と呼ぶ」
「へ?」
「廊下から教室の君を訪ねる時も『君』だし、服装を大声で注意する時も『君』。放送で君を呼び出す時さえも、『君』だ」
「厄介なのが来た!」
「『一年四組の君。至急生徒会室まで来るようにお願いします』」
「一年四組の誰もが生徒会室に集合だよ!」
「この呼び出しに慣れる為に毎日呼び出す」
「過酷な高校生活の一端が見えてきた!」
受かっても地獄、受からなくても地獄じゃん!
何でそんな無秩序無条件に呼び出されるの?
どう生きていけばいいの? 僕は。
その時、心底落ち込む僕を無視し、一体の空気が動いた。
「おっと、会場したようだぞ」
「では、そろそろ僕も友人と・・・・・・もう行ったようですね」
「ああ、君と一緒に居た子達なら、割と前に単語帳から目を離すことなく、入り口のほうに向かっていったぞ」
「そうですか・・・・・・」
僕が一生懸命突っ込んでいたにも関わらず、置いてきぼりかよ。
薄情者達め・・・・・・。
「それでは私も持ち場に戻るとしよう。君、全力で頑張れよ。武運長久を祈っている」
「持ち場があったんですね・・・・・・」
そういえばこの人は夢実現の為に、ここに来てるのだった。
そして、鬼怒川先輩は「では」と言って校舎に入って行った。
僕はそれを見送り、受験者用の昇降口に向かう。
頑張ることには頑張るが、鬼怒川先輩に会った時点で武運は絶たれている。
何処まで奮闘出来るかは結局、自分次第。
「頑張るか」
と。
そう呟いた瞬間。
面倒なことに気がついた。
「上着、返してない・・・・・・」
はあ・・・。
麻香が来ない理由もいろいろあるらしい。




