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一章 「妹の常識潰し」です。
例えば今の僕の財布の中に、数枚の硬貨しか入っていなくても、何ら不思議なことではない。寧ろ近郊の市立高校に在学している僕が一万円札や五千円札を所持している方が、高校生としては所持金が高過ぎているとも言える。それにうちの高校はアルバイトを全面的に禁止しているので、主な収入源は親から毎月支給されるお小遣いのみで、それも僕の毎月の収入は二千円という同年代の生徒と比較すれば平均程度の額である。故に滅多にしないが大きな買い物をする時しか僕の財布に一万円を凌ぐ程の大金は入っていないのである。
僕の財布は黒い皮風のお札を折り畳まないタイプの財布である。某デパートで売っていた二千円という安価な財布だが、僕は十分満足している。とても数千円では買えないようなものなのである。
しかし態々(わざわざ)自分の財布の中身を明言することは、何か理由があるのだと、読者諸君は気付いていることだろう。
まったくもってその通りである。
今朝、財布の中を見た時は諭吉さんが僕に微笑んでくれていた。だが、今日という日は悲劇的に、前述した滅多にしない大きな買い物をした――――正しくはする予定だった――――日なのである。心から朝食を取っていた時間に戻りたいと思う。
僕は朝早くに、ある物品を購入するために貯金を崩して街に繰り出した。四日前に高校の夏季休業に入っているので、最近は家に引き篭りがちである。よって街ならぬ外に出るのが久し振りだった。
友人と遊ぶ予定だったが、その友人は定期試験の補習を学校の教室で受講している。
僕の友人には赤点を取る人間しかいないようである。
生憎当の本人である僕は凡才ながらも、その境地には達していない。敢えて自分で非才と言わないところも憎いが、凡才というのも少々自虐的であることに違いはないだろう。しかしこの凡才という言葉さえ他人の受け売り。僕の語彙は結局ある程度底が知れたものなのだ。
だが多少無理して選んだ高校だ。
赤点を取らないだけでも十分ではないか。
結果的にはいい方だと僕は考えている。と言ってもその凡才と言う言葉は満更嘘でないことも確かだ。僕は赤点の一線上をギリギリ浮遊している事実に苛まれている。簡単に言えば落ちこぼれ予備軍と表現できなくもない。
普段の授業を寝て過ごし、夜は遅くまで遊びに興じる。
このまま中学生のような生活をしていればその一線ともいずれ接することだろう。
閑話休題。
店に向かう間、僕は下ばかり見ていた。
別に落ち込んでいる訳ではなく――――寧ろ落ち込む前の話で――――ただいつも周りを見ないで歩く習慣から、その時もそうしていた。その癖を何で早く直さないで放置しておいたのかと、自分に問い質してもどうしようもなく、ただただ後の祭りである。
いつもは雰囲気で進行方向から来る人を避けていたが、その時はまさに運悪く人にぶつかってしまったのだ。
僕が住むこの街に、カツアゲを行う不良のような人種が存在するならば、カツアゲされる側の人種が必然的に存在する。
無論、それが僕だとしても例外にはならないだろう。
ぶつかって直ぐに謝ったはずだが何処からともなく、まるで虫のように仲間らしい人が沸いて出てきた時には流石に肝を冷やした。それから拒否権もなく財布から諭吉さんが誘拐されたことは言うまでもない。
まだこんな傍若無人な行為が行われていたとは驚きだ。
そもそも恐喝と言うものは犯罪行為ではなかったか。
今までに平和な日常を過ごしていた僕は、ため息混じりに思案した。
そんなことを思いながらいつの間にか僕は自宅前に居た。挙句の果てには落ち込みすぎて自分の家を通り過ぎてしまいそうだった・・・。
こんなことだと夏季休業中は外出する機会を一切失くしてしまいたい、と心から思う。食糧を買い込もうと思い立ったが、財布の中身を思い出して尚一層落ち込んだ。
くそっ、何で僕が・・・。
僕は一般的な被害者の心情を呟いて、玄関のドアを開けようとドアノブに手を掛けた。
と、突然玄関のドアの方が先に開いた。
「お帰り、兄貴」
僕の妹が顔を出した。
「もう帰ってきたの?」
「・・・いきなり開けるなよ。僕の家はいつから自動ドアを導入したかと思ったじゃないか」
「イライラしてるね、何かあったの?」
と、妹は心配する素振りをした。
心配する振り、である。
「流石に鋭いな」
僕は肩を落としながらつい先ほど起こった情けない出来事を説明した。
「よく自分の妹にそんなことを話せるね。本当に情けなくはないの?」
この妹の一言には虚しくなってくる。
だが、そういうことは――――
「お見通しなんだろ? どうせ」
会話中心と謳ってますが003ぐらいまでは会話は殆どありません。




