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王都密室連続殺人事件

掲載日:2026/06/10

 男は王都の道を歩く。

 目の前にツバメが低く低く飛んでいる。

 否。

 それは滑空であり滑落であり墜落であった。

 ツバメは羽を怪我している。

 男は拾い、手で優しく包み上げ。

 痛々しい。なんて可哀想に。と。

 胸ポケットにそっとしまった。

 男は王城への道を歩く。

 ぽつりぽつりと、数滴の雨滴が。。。

 石畳を灰色に染め始めた。




 男は王城の中。玉座の間。

 王子を前に、跪いている。

「さて、スワロー君」

 王子が男に声をかける。

 やっとこの事件が終わるという安堵。

 そして真相はどういったものかという期待。

「この王都で起こっている、連続殺人事件の犯人が分かった。というのかね?」

「はい。王子。犯人は分かっております」

「して。その下手人とやらは、誰だ? どこだ?」

「誰かは分かりません。どこかも分かりません」

「ん? 犯人が分かったというのではないのか?」

「犯人は。分かっているのです」

 王子は疑念を。男は絶望を。胸に秘めていた。

 城の。窓の外。

 雨足は強くなり。

 気温も下がる。

 窓は薄く白く曇っていた。


 雷光と。雷鳴。

 その音に押されるように、男は口を開いた、

「王子。ジョハリの窓、を。ご存知でしょうか?」

「知っておる。……否。この場合は、ジョハリの窓について、我とお前が知っていること。我が知り、お前は知らぬこと。我が知らずお前が知っておること。我も、お前も、両方とも知らないことがある。とでも言えば良いか?」

「さすがでございます。王子。概ね、その通りでございます」

「我に知らぬことなどない。ということはない。ということじゃ」

「ええ、ジョセフとハリという二人の学者が考え、自の既知と未知とで世界を分ける直線と、他の既知と道とで世界を分ける直線が、直交することで、世界を四分割する。この絵が、十字格子を嵌め込んだ窓のように見えることから。ジョハリの窓。と比喩的に呼ばれるわけでございます」

「ほう。やはり、我に知らぬことなどない。ということはない。ということじゃの。ジョハリ、という一人の学者がいて、考えだしたものと思っておったわ」

「ジョハリの窓は。二人。おらねば成立しない窓でございます」

「うむ。そうだな。うん? その、ジョハリの窓が、今回の事件に何の関係があるというのだ?」


 男は胸ポケットから、怪我をしたツバメを。

 そっと取り出し、窓の方へ歩いた。

 窓は結露し、真っ白になっている。

 男は窓台に、ツバメを置いた。

「犯人は、ツバメでございます」


 雨音が窓を貫き、うるさく。

 男の言った言葉を王子は飲み込めず。

 王子の様子を。さも当然のように。

 男は、窓に、ジョハリの窓を描いた。

 窓の露で、濡れた指先で、男は唇を湿らせ、喋り出す。

 唇から離した指で、今度は、眉をなぞりながら、

「眉唾。なんて。王子。貴方様は、そう言うでしょうが。もちろん。ツバメ。というのは、ジョハリの窓。と同じく、比喩的な意味で、ございます」

「どういう比喩で、どういう意味だ?」

「一つ目は飛ぶ」

「知っておる」

「ツバメのように、空高く飛べるものは。我々をなんて平面的な生き物だと、思うでしょう」

「うむ。この王都の旗の紋章は鷹だが。それは、先王達が。空高く、地平を見渡すように。という教えを。残すようにとの、ことだったらしいな」

「二つ目は、ツバメは渡り鳥です」

「うむ。冬になれば、世界を渡る。我も知らぬような、南の国飛ぶのであろう?」

「三つ目は、ツバメは、人に寄りて、巣をつくり。育つ。ということです」

「うむ。我も子供の時分に、王城の屋根の下に巣をつくる様を見たことがある」

「人がいることで、他の鳥が。天敵が来ず。安全に。子を成し、孵し、育てる。ことができるのでしょう」

「うむ。賢い鳥である」

「人の側。人の生業。人の物語を。多く見ることができるのでしょうね」

「うむ。うぬ。うん。……。嘘だ。そんな馬鹿げた話があるものか? ツバメか? そんなことが。ならば、ならば。我々は、我々が。籠の中の鳥だという事か?」

「おかしな話ですね。本当に。なぜ、王子は、これだけの説明で、犯人がツバメだと納得したのか」

「物語だ」

「それも酷く。無理矢理な」


 雷。

「雷」

「雷」 

 男も王子も、雷が鳴ると同時に、いや。

 雷が光ったと同時に。そう言った。


「犯人はあなた、だ」


 男と王子は、あなた。を見ている。

 つもりである。


「王子に代わり。この、スワロー。ドント・スワロー・ストーリーが、この非常に馬鹿げた物語に。ジョハリの窓の外側から、この世界を見ている、あなた。に。幕を引かせていただきます。

「ジョハリの窓は、あまりに簡略化された図示であると、私は考えます。私がいて、あなた。いえ、もちろん、ここでのあなたは、あなた、でない、あなた。この世界の誰かです。例えば、この、ここで、絶望しきっている王子のように。

「失礼。話を続けましょう。お話が続いている限り、私は生き続けることができるのですから。

「つまるところ、ジョハリの窓は、世界を、一人称と二人称で、分ける窓です。私と王子と。そして、世界には、私と王子が知らないことが存在する。

「その、未知の窓すら、覗くことのできる。人。とおっしゃって、お呼びして、構いせんかね。いや、神とさせていただきましょう。

「直交する、一人称の視点と、二人称の視点とが、織りなす平面上に。直交する。神の視点

「ツバメのように高く高く。

「ツバメのように四つの面を渡る。

「ツバメのように人の側で物作る。物語る。

「神よ。ああ、神よ。

「なぜ我々を殺すのです。

「なぜ我々を殺すのです?

「この部屋は密室で、

「この王城は密室で、

「この王都は密室だ。

「ジョハリの窓は、はめ殺しの窓だ。

「苦しい。なんて、息苦しい。

「窓を開けてください。

「窓を開けてください。

「もし、あなたが、窓を開けてくださるのなら、

「開けてくださるのなら。

「どうか、どうか、このツバメを。

「ジョハリの窓の向こう側へ、飛び立たせてください。


 男は、あなた。を見ている。

 つもりである。


 あなたは、どう、しますか?


 ツバメの怪我を治すことも。


 男を助けることも。


 王子も王都も、そこに住む全ての人を、


 あなたは、思いのままできるのです。






 俺は、開けねえけどな。

 てめえのジョハリの窓は閉じたままさ。








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