騒ぎ立つ貿易都市、そして奸雄再び現れる 1
うるさい。
この世界を代表する貿易港。世界中から様々な物品が集まり、世界中から様々な人々が集まる地。
往来に溢れかえる人々が喧騒を極めている。
そして、一人で喧騒を極めるこいつ。
「あれ!あれは何?」
ヘブヘルでは見たことの無い世界中の物が溢れるこの都市はイルサに飽くことの無い好奇心を与えた。
この好奇心に支配されたイルサを見て、アレンさんが宿や船の手配を済ませてくれるから街を見て来なと勧めた。
俺もイルサを一人で解き放す訳にいかず付き合うこととなった。
おい、勝手にそっちに行くな。怪しい人に関わるんじゃない。だから目立つ行動をするな!
結果、俺とレクス兄さんはこの無尽蔵に動き回る女が腹を鳴らすまで振り回されることになった。
「リセスは食べないの?」
がっつくイルサの前にはいくつかの皿が並んでいる。俺の前にはコーヒー一杯。疲れて食う気にもならない。
「お疲れ様、リセス」
俺の向かいの席で笑って俺たちを眺めているレクス兄さん。
「レクス兄さんもな」
本当に俺たちは親切すぎる。少しは労れ人の金で食いまくるイルサ。
「リセスとレクスさんは兄弟なの?」
そう言えばまだ話してなかったな。何せルクがイルサに質問するか、イルサの興味を満たすのに忙しかったからな。
「従兄弟ですよ。母の兄がリセスのお父さんです。まぁ、一緒に生活していましたから本当の兄弟みたいなものですけどね」
俺もこの従兄弟を本当の兄として慕っている。昔は二人でつるんで色々悪さをしては、お祖母様や母上、叔母上に散々叱られたものだ。その中でお祖母様が一番怖かった。
「良いな、良いお兄ちゃんが居て…」
「お前には兄弟は居ないのか?」
この何気なく発したこの質問を後悔した。イルサが忙しなく動かしていた食器が止まる。
「双子のお兄ちゃんが居たよ。今は…居ない」
また、こいつに聞いてはいけない事を聞いてしまったか。
「ちょっと待ってくれ!もしかしてその双子の兄って」
レクス兄さんが慌てて言おうとした言葉は途切れる。
甲高い悲鳴。
何事かが起きた。
まるで、津波のように動く人波。
人垣越しに現れた魔熊。ガンデアグリズリー。
「うわぁ、熊さんまで観光に来るんだ。凄いね、ターシーって!」
「馬鹿言え!そんな訳あるか。止めるぞ」
寒冷地に生息するはずのこの魔物がこんなところに出現する訳が無い。
誰かが連れて来なければ来るはずが無いんだ。
突然の来訪者はガンデアベアーだけでは無かった。
魔狼の群れまで居やがる。
「うわぁ、狼さんまで観光に…」
「少し黙ってろ」
そのお花畑思考は何処から来るんだ。
統率されているだと。ただ、人を襲っているだけでは無い。攻撃を仕掛けて来る人間を中心に襲っているのか?
まぁ、良い。ならば、俺たちが的になってやる。
俺が敵陣に深く斬り込む。イルサがやっと事態を重く見出したのか俺に続いて来るのが分かる。
まずはガンデアベアーからだ。俺は中心に切り進む。
魔狼の牙と振り下ろされるその豪腕を交わす。
俺の刃がその魔熊に深く突き刺した。
その時、急に俺へ飛び掛かる魔狼。何だ、この動きは!こいつは魔狼らしくない。
そいつをレクス兄さんの魔法が貫いた。
助かったよ、兄さん。
周囲を見る。イルサの魔法で魔狼は全滅していた。
これで終わりか。
しかし、俺の足元で動く気配。
先程のおかしな動きをした魔狼。
「リセス!離れて!」
イルサの声が遅ければ危なかった。
俺の頭上に降り注いだ氷の刃。
「魔狼が魔法を使うだと!」
有り得ない。有り得なすぎる。
俺の隣へとやって来たイルサはその理解出来ない事象に答えた。
「あの狼さんはシャプトが乗っ取ってる」
「あのヘブヘルの魔力構成体生物か?魔法が強いとは聞いたことがあったが生物の身体を乗っ取るとは聞いたことが無いぞ」
この俺の疑問に答えたのは魔狼の背中から黒い物質。その蠢く生物は硬そうにも見えて、軟らかそうにも見える。
「この世界の生物がこのように軟弱過ぎて取り付く価値があまり無いだけですよ。ヘブヘルでは様々な生物に取り付きますよ」
魔狼から完全に分離したシャプト。
「お久しぶりですね、イルサテカ様。魔王の証を頂戴しにヘブヘルより参りました」
そのシャプトは、イルサにはっきりと敵意表明をした。
「これはとっても大変だなぁ…」
そのイルサのぼやきは虚しく響いた。