元魔王の恩返し
果たして、見るも無惨にウエダさんの前に屈服を喫したシールテカ。
「で、あんた、まさか俺たちに愚痴を溢しに来た訳じゃないんだろ」
「あぁ、そうだ。そこの小僧に話が合ったのだ」
ウエダさんの呆れ混じりの声に顔をあげるシールテカ。俺に言いたい事、大体は想像が付いてしまうところだが。
「じゃあ、俺は外すわ。未来の親子同士仲良くやってくれ」
「我にはイルサとカイム以外の子は居ない!未来永劫、これ以上息子はいらん」
俺にこの男を押し付けて元来た道を戻るウエダさん。嫌な気の回し方をしてくれる。こっちは既に話す事など何も無い。
「さて、小僧。じっくり腹を据えて話そうではないか?」
シールテカは地面に胡座を掻き、俺を見上げている。俺も肩を並べて座った方が良いのだろうか?
「率直に聞くぞ」
そんな俺の考えは余所に、俺に見下ろされる事も気にせず、話し出す。
「お前はイルサはカイムより弱いと思うか?」
単刀直入過ぎる問い。その鋭き言葉は俺の脳を深く貫き声を出させない。ふざけている訳では無い。シールテカの瞳は鋭く俺を捉えている。
「お前は我に言った。カイムはイルサに敵わん。カイムはイルサに戦うのは不当だと。我にはそう聞こえたぞ」
俺の中で否定の言葉を述べる事が浮かぶ。だが、俺の外にそれは出ない。
「我が娘を嘗めるなよ、小僧。イルサはカイムに勝る力を持っている。貴様はそんな事も分からんのか?」
怒りでも嫌味でもない。シールテカは俺に諭すような語感を用いている。しかし、こちらが怒りを覚えるのは代わりがなかった。
「我はイルサに我の全てを譲ったのだ。カイムより弱い筈がなかろう」
「そのあんたが譲った力。魔王の証、魔王の地位がイルサを苦しめているのが、あんたには分からないのか?」
ここで、此方が激情しては負ける気がする。煮えたぎる思いを抑える。
そして、元魔王はまた楽しそうに笑う。この男が笑う種が何なのか全く分からない。
「小僧、お前はあの小僧に考え方が良く似ている。本当にな」
シールテカは本当にその小僧がお気に入りの様で、その俺に似ている小僧の話を嬉しそうに語る。
だが、俺にはどこがどう似ているのか分からないのがつまらない。
「リセス・ネイスト。お前は弱いか?」
「あぁ」
卑下ではない。俺は父上やアレンさん達には到底勝てない、この魔王の知るクレサイダ、パシクダカ先生にも勝てず、カイムやイルサにも勝てない。
「いや、お前は十分に強い。それが分かっていない。クレサイダが認め、イルサが認める者なのだぞ?」
「今度は慰めのつもりか?俺は、俺の実力がイルサやクレサイダに認められているとは」
「そう思うのは、お前はお前の実力を認めて無いからだ」
また俺に反論の術は無くなった。何故だかは分からない。シールテカに、俺は俺の中で何か怖いものに触れられた。
「己の力を侮る奴は他人の力を侮る。お前がイルサを強いと侮りながらも、イルサを弱いと侮るのは、お前が自身を強いと侮り、弱いと侮るからだ。それ故、側に居てもイルサの強さも分からない」
今ここでシールテカに反抗も出来ないという事は、俺は己の力量すらも計れていない。それを自分で感じていたのだろう。誰かに言われなければそんな事にも俺は気付けない。
「まずは、己の力を知れ。上に見ることも無く、下に見ることも無く、己の持ち得る力をな。そうせねば、カイムには勝てん。カイムは己を知っているからな」
それだけを言うと立ち上がり、満足そうに俺の顔を眺める魔王。
「ライシス・ネイストに伝えておけ。シールテカ、息子に借りを返したとな」
踵を返す元魔王。そのまま、呆然と立ち尽くす俺の前から悠然と去っていく。父上を知っていて然るべき。この元魔王は父上と死闘を繰り広げたのだから。
しかし、宿敵に借りた物とは何だったのだろうか?ニーセさんの言う命乞いの話か?この元魔王が命乞いをする輩には見えんが……。
「一つ言っておくが、イルサは貴様に渡す気はない」
前に進むのを止め、背中を見せながら語るシールテカ。俺も別に渡される気は無い。
「欲しければ、我から力尽くで奪ってみろ。そしたら、イルサとの仲を認めてやる。今のお前では無理だと思うがな?」
歩きを再開するその顔は見せない。ただ、シールテカは笑っている。そんな気がした。
お久しぶりです。
大変お待たせしました。
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我が職場では、死走と呼ばれる12月が迫っております。本当に死人が出ないか心配です。
せめて、週一更新は出来るように頑張りたいところです。
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