魔王の語る事情
「これは、何?」
何故にスプーンとフォークを知らんのだ。おい、それは食い物じゃない。ええい、飯を手で食うな! バターはそのまま食うものじゃない。パンに付けろよ。いや、パンにフォークは使わんぞ。それは手で食って良いんだ。
俺が飯を食べる暇が無い。
「リセス君、何かとっーても楽しそうだね」
ニヤつくルクほどでは無い。今まで弟妹が欲しいという願望が合ったから少しは楽しく感じてしまうが…
「少しはお前が教えろ」
イルサの食事マナーはあまりよろしいものでは無かった。というよりもイルサにとってここには見たことも無いものが多すぎるということか。
「それでイルサちゃん。そろそろ、君のことについて聞いても良いかな?」
今まで俺たちの同行を温かく見守っていたアレンさんが、ステーキにかぶりつき始めたイルサに聞く。
「良いよ!」
イルサは腹が満たされてきて大分ご機嫌なようだ。
「君はヘブヘルの出身でリセス君に召喚された。間違い無いよね?」
イルサはステーキを頬張りながら頷く。
「イルサちゃんはヘブヘルで何をしていたのかな?」
「魔王」
イルサは一言で答える。また、隣のレクス兄さんがナイフで丁寧に切り分けたステーキへフォークを刺す。レクス兄さんはまるで妹を見守るようにステーキを頬張るイルサを見ている。
見られているイルサ、自称魔王様はとてもご満悦だ。
「それなら、シールテカさんはどうしたんだい?僕はあの人に会ったことがあるんだけど?」
アレンさんと父上の魔王退治の話だ!是非、聞きたい!
俺の胸は高鳴る。
しかし、イルサは…。
「…お父様は殺された。カイムに…。お母様も」
彼女の一筋流れる涙が俺の昂った気を鎮める。申し訳無い気がしてきた。
「カイムは危険。止めなくちゃいけない。リセス、私は帰らないよ。」
それだけ言うとフォークを動かし出すイルサ。泣きながらステーキをもの凄い速さで平らげる。
ミシャさんが自分のステーキを差し出す。
「イルサちゃん、ゆっくり食べてね?お姉さんが奢ってあげるから一杯食べて良いよ!」
ミシャさんには分かるのだろう。親を失う気持ちが…。
「そうか…。君のお父様はとても良い人だったよ。とても奥さんと君を愛していたよね?」
涙で顔を崩しながらもステーキを食べながら一つ頷くイルサ。
勇者が魔王をとても良い人と評価するほど、その魔王は善人なのか?
「それでどうしますぅ~?」
ルクはこの重い空気を恐れることを知らないのか。
「カイムを見つけないといけない。居所は全く分からない。取り敢えずシーベルエンスに戻ってジン隊長の指示を仰ぐよ」
アレンさんの判断に賛成だ。一人を除いて。
「えぇー!嫌ですよォー。お父様に捕まったらシーベルエンスから出れなくなっちゃいますよ~」
ルクはジンさんに首に紐でも付けて貰え。
「シーベルエンス?それどこ?面白いものある?美味しいものはある?」
先程までの落ち込みようは何処へ行ったやら、魔王様はこの世界に興味津々な御様子だ。
こいつは本当に魔王かと思えてしまうがまぁ良いさ。凶悪な魔王より扱い易い。
「おい、イルサ。ピーマンを残すな」
子供か、お前は。いや、こいつは子供か。
「だって、これ苦いんだもん」
「そのピーマンは農家の人が魂を込めて育て、料理人が魂を込めて調理したものだ。しっかり食べろ!」
「リセ君、ライシスおじ様みたい~」
それの何が悪い。父上の言葉が正しい。
「これに人の魂が…。これの為にその人達が死んじゃったんだ。分かったぁ。食べるぅ~」
いや、死んでは無いだろう、だから泣くな。
魔王は涙脆くても勤まるのだろうか。
俺の魔王像は今日から、長き旅を共にするこいつに徹底的に破壊されていくことになる。
ダメだ。シリアスが書けない。
イルサ、リセスよ。
なぜ、お前たちはそんなに素晴らしきボケとツッコミのコンビに脳内変換されてしまうのだ。
まぁ、序盤は気楽にコメディ多めでいきましょう。




