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魔王の我が儘、執政官長の諌言と友の脅迫

休暇として与えられた五日間も、パシクダカ隊長の勝手な計らいにより、魔王親衛隊特別隊員なるものに任命されてしまった俺は、ヘブヘル式軍事訓練という名の鬼隊長の扱きに耐える日々だった。しかし、この鬼隊長の扱きに耐え、少しは強くなれたと実感とともに、充実した休暇だったと思える。

しかし、ヘブヘルに休暇で寄ったことは、思わぬ問題を引き起こす。それは次の世界へ渡る直前の現在に到って発生する。


シュナアダが無表情で見る先には半泣き半睨みのイルサ。


「とにかく魔王ともあろう貴女が、職務をほったらかして、他の世界に行く等、認められません」

俺たちの出発に水を差されたのだ。主にイルサに。しかし、シュナアダも正論である。一国の王が国をそう簡単に開けて良いわけではない。


「何で!私はちゃんと仕事を片付けたよ!」

確かにイルサはこの五日間ほとんど執務室に籠っていた。食事と寝る時以外。このイルサの努力を評して許してやってくれないか?


「それが魔王として当然です。それに国の宝で魔王様を危険な地に、こんな少数な護衛だけで送り出す訳には行きません。カイムの事はクレサイダに任せて下さい」


確かにな。イルサは国にとって大事な存在。そいつを前線に引っ張り出す訳にはいかない。それにここに残った方が安全だろう。


シュナアダの口を挟まないで頂きたい、の一言で発言を封じられた俺と異世界の余所者たち。俺としては、心の底ではイルサに一緒に来て欲しい、という想いまでシュナアダの正論で封じられてきている。非常に気まずい場面に立ち尽くすしか出来ない。

同じくイルサの半泣き顔に一度は心を折られたクレサイダも、イルサへの肩入れを止めさせられ、苦い表情で俺の渡したセレミスキーを指で弄っている。


見送りに来てくれたパシクダカ隊長は我関せずで腕を組み欠伸をしている。その隣で笑顔満開の妹さん、カリサペクは、愛しい主を引き留めるシュナアダを心の中で大応援している事だろう。


戦況はイルサが大劣勢。援護をしてやりたいところだが、俺が口を挟んでも、この戦況はひっくり返らない。


「でも、クレサイダもリセスもルクちゃんもセルツさんもウエダさんも行っちゃうんだよ。私だけ…」


「我が儘も程々にして下さい!」


相変わらず表情を変えずに声を荒げるシュナアダ。イルサの見開く眼から、普段怒鳴る事がない奴なのだろう。


「…失礼しました。しかし、イルサテカ様が我が儘を仰る所為で皆様の出発が遅れています。貴女の立場を弁えなさい。皆様と違うのです。貴女は魔王なのです。それを弁えずに、皆様の足を引っ張るのですか?」


俯くイルサの眼からは大粒の涙が地面へと落ちていく。

そのイルサを置いていくのは、すごく心苦しい。しかし、これがイルサの為でもある。わざわざイルサが、実の兄と戦う必要もなくなる。そう己に納得させるつもりだった。雌雄は決した…。


「シュナアダさん、ちょっと良いかな~?」


いや、俺の早計だった。イルサにはまだシュナアダの正論なんて叩き捨てて、己の邪論を押し通す強い味方がついていた。


「イルちゃんが行きたいって言うなら私はイルちゃんを連れて行くよ」


「…ルクちゃん」


ルクには纏まりかけた結論なんて何の意味も持たないらしいな。イルサの眼に期待が浮かぶ。


「イルサテカ様はこの世界の王です。勝手な事を抜かさないで頂きたい」


「だから~?」


ルクに目線を移したシュナアダの言っている事は常識的に正しいのだが、こいつには正しいだけでは勝てない。常識的に正しい事なんて、ゴミ箱に捨てるような奴だからな。


「イルちゃんが魔王なのは知ってるよ~。でもね、イルちゃんは私の大事な友達なんだよ?その大事な友達を泣かせて自由を奪う。そんなこと、このとっても友達想いなルクちゃんが見過ごすと思う~?」


ルクがとっても友達想いだったとは知らなかったぞ。俺は可愛がるを名目に友達を玩ぶ奴だと思ってた。


「ルク・レッドラート様、この世界の事やこの国の事に口を出すのは…」


「そう私は異世界の人間だよ~。だからね、どうでも良いんだよ、こんな世界。イルちゃんの為に私が出来る事なら何でもしてあげちゃうんだ~。この世界を敵に回しても、ね?」


ウエダさんが、生でそのセリフをしかも少女から聞く事になるとは、と眼を見張っている。確かに、なんか格好良い。イルサがルクをうっとりとした感じで見詰めている。少し俺も言ってやりたくなった。



さておき、形成逆転なったか。


「本当に貴女の実力で我々の相手が務まるとお思いですか?」


そう簡単には勝てない。

シュナアダは恐らく怒っているのだろう。パシクダカ隊長も不穏な空気に剣に手を掛ける。おい、力付くでは勝てないぞ。


「シュナアダさん。甘いよ~。私にはリセ君がついてるんだよ~?」


おい、俺に丸投げるな!無理に決まってるだろ!


「リセ君は、セレミスキーを持ってま~す。つまり、どの世界からもイルちゃんを喚びたい放題なんだよ~。さらに、今すぐに色んな世界から、色んな生物を喚べるんだよ~。何か、凶悪なのを喚んでみる~?」


成る程な、ルクの脅しの材料は俺ではなくセレミスキーか。良く考えれば俺はイルサをいつでもどこでも喚び出せたのだ。


「ルク嬢の勝ちだね、シュナアダ君?まさか、リセ坊からセレミスキーを取り上げる為に、我々で無駄な血を流す気は無いだろう?イルサ嬢は我々が守る。どうか任せてくれないかね?」



鶴の一声ならぬ栗鼠の一声。

大きくため息をつくシュナアダ。


「ルク様を相手にしていると、同じクーレ人だからでしょうか、セルツテイン様の主人を思い出しましたよ。分かりました。私の敗けです」


シュナアダの敗北宣言。ルクとイルサから歓喜の声。カリサペクからは悲観の声。


「イルサテカ様、リセス様、旅立つにあたってこれをお持ち下さい」


シュナアダが差し出す二つのペンダント。丸い板に埋め込まれた石。


「これは魔鉱石か?」


クーレで、魔具に使われて、魔法を増幅、蓄積する性質のある石に似ている。


「魔鉱石と似たようなものですが、それは伝想石です。伝想石は、一つの石から欠片に分けると、どんなに遠くに離れて居ても、その欠片同士が惹かれ合い、使用者の声を送る事が出来るのです。世界を跨いでも使える事は六百年前に実証されています」


「ファンタジーな携帯電話ってところか?」


ウエダさんの解釈にケイタイデンワと首を傾けるシュナアダ。俺もアースに行って初めて知った物だからな。


「まぁ、とにかく。私が、もう三つ目の伝想石を持っていますので、何かあったらお知らせ下さい。本当はクレサイダの分なのですが、イルサテカ様は一日一回は連絡してください。リセス様はセレミスキーで喚ばれる時は一報をお願いします」


つまり、セレミスキーで喚び立てても良いって事か?それは心強い。


「エッと、シュナアダ。ゴメンね」


「先代から魔王の我が儘に耐えるのが私の仕事のようなものです。イルサテカ様、行くからには堂々と行きなさい。お気をつけて」


いつも何だかんだとイルサの自由を奪うシュナアダ。しかし、イルサがシュナアダを嫌いになれない理由が分かる。何だかんだ言っても、シュナアダは根は良い奴だからだ。


俺には嫌な事が多かった。でも、良い人達に会えた。

このヘブヘルを離れるのも嫌に感じてしまう。ここが第二の故郷という感じだろうか。

この話を書きながら昔の缶コーヒーだっけかのCM思い出してしまった。


男が女性に向かって


「お前の為なら世界を敵に回しても良い」


って言ったら、急に自衛隊のヘリが飛んできて包囲されたり、テレビでその男の顔写真と共に米大統領が世界の敵〇〇とか言う。汗だくになる男。


実力の伴わない奴が言っても格好のつかない台詞なのですね。


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