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番外編 悪魔と天使

用意に背中を盗れてしまうものだ。盗らせたと言うのが正しいのだろう。翼の生えた背中が緩やかに振り返り、我を視認する。


「カイム様、何かご用命でしょうか?」


底の知れない素直な笑顔を向けてくる。その顔の裏は本当に底が知れん。


「特に用は無い。こんな何も無き岩場に、一人で何をしているのかと思っただけだ」


他が寝静まった後に、一人で夜営地を脱け出すその行為の真意も知りたいがな。


「羽根を伸ばしていただけでございます」


文字通りと言うことか。マスナーは羽根を出せる穴の空いた袖の無いシャツから、急いでその純白の羽根を畳み、いつもの象牙色のローブを着込む。


「そんな物を着なければいいでは無いか?」


「翼と髪を隠すのは、クーレの観測者としての習慣でしたものでして」


この世界の人間には翼が無いのだったな。翼を有するアール人を天使と崇め、ヘブヘル人を悪魔と蔑む。我はそんな愚かな視線など気にはならないがな。

その天使がこのクーレに戦乱を起こした元凶だと言うのに、それを知らずに崇める。そんな輩に己の姿を偽るなど、下らな過ぎる。


「では、カイム様、皆様のところに戻りましょう」


羽根をしまい込み、フードで髪を隠したマスナーが立ち上がる。


「まぁ、焦るな。我にはお前に聞きたい事が幾つかある」


「何でしょうか?」


マスナーと二人で話せる機会はそうそう無い。我の配下共は必要以上に物を言わない奴ばかりだ。だからこそ、この機会にその笑顔の張り付いた裏側に何が在るのか見極めさせて貰うぞ。


「まずは、何故お前は世界を統一したいのか、だ」


ウニロに関して我に仕えているだけの事。ハシュカレは想い人の為だと聞いている。マバタについてはハシュカレに目的無く付き従い、今はあのリセスとか言う坊主を殺れれば別に構わないらしい。

マスナーからは、我々と同じ目標は聞いた。しかし、その背後の目的は聞いていない。いや、明らかに目的を隠している。


「…そうですね、何故世界を統一したいのか。忘れてしまいました。そんな昔のことは」


その諫言でこの世界を動かして来た女、簡単に口を割るような奴ではない。


「理由も無く、こんな大それた事を続けられるものなのか?」


お前はその理由を見せないから、我の中に不信を生んでいるのだ。


「私は観測者を抜け、介入者になりました。しかし、セルジオ様を始め、主な介入者はゼロランドに送られ、私は残されました。クーレの観測者に戻れる訳もなく、故郷のアールに戻れる筈がありません」


マスナーの語る口元と声の抑揚は普段のように穏やかだ。だが、深々と眼元を隠しているフードを取り払ってやりたい。その中でこの女の眼は何を思っているのか?


「寿命も姿も違う私はクーレ人に紛れる事も出来なく、長い時を過ごすしかない私に残された物。それが、世界統一計画だけなのです」


目標無き計画の実行を進める女。哀れな人間だな。


「愚かだな。お前はせっかく自由を得たのだ。更にお前にはオシリスの杖という力がある。この世界の一国を乗っ取るほどの能があるのだぞ。何故、介入者で在ることに縛られる必要がある?何故、我のような童に仕えるふりをする?」


我より力を持つお前が、我の下で在ることが可笑しいのだ。


「それはカイム様の買い被りです。私は宿り木のように、誰かに寄生してしか、生きて行く術が無いだけの事です。誰かの養分を奪いながら、ですね」


唯一見える感情の指針である口が更につり上がる。我はマスナーと言う宿り木に絡まれた大樹と言うことか。

やっと本性をさらけ出したか。

そうでなければ面白く無いではないか。笑いが込み上げてくる。それならば、此方は逆に宿り木の養分を吸い付くしてやるのみよ。


「あら、私の冗談がお気に召されたようですね?カイム様」


おどけた口調で抜かすマスナー。


「あぁ、凄く気に入った。我はお前みたいな従者を持てて幸せだぞ。お前に吸い付くされて捨てられないよう努力するとしよう。お前も我にその身体を引き剥がされないように必死に絡みつく事だな」


マスナーからも笑い声が洩れる。


「私は決してカイム様を捨てたり致しませんよ」


「ホォ、信用に値しない言葉だな」


マスナーが急に我に顔を近付ける。フードの下に隠れていた黒い二つの眼が我の眼を映しているのが、分かる距離に。


「だって、私はカイム様の事をとても気に入っていますもの」


我の顔に付くかの距離でで妖艶に動く唇に、赤面して腰を退いてしまった。マスナーからの溢れる笑い声が音量を増す。


「フフフ、カイム様も色事に初な御様子で」


我は純情な青年のように、年上の女性の色香で遊ばれたらしい。

我ながら、情けない。


「さて、そろそろ戻りましょう。私は久しぶりに楽しい会話が出来て嬉しいのですが、楽しみ過ぎて少々疲れました」


我は少々不愉快だぞ。しかし、足取りがいつもより軽いマスナーを見ているとそんな不愉快さも薄れて行く。


今はまだお前の手のひらで動かされてやろう宿り木よ。

しかしな、我は欲しい物はどんな手を使っても、全てを手に入れる。全ての世界の全ての物を。

だから、我はいつかお前の全てを手に入れて見せるぞ。心から我に仕えさせてやる。

純情な二十歳青年が年増な二千歳越えのお姉様に玩ばれるお話でした。


少しスピンオフでカイム達の冒険も連載で書いてみたくなってしまいました。


まぁ、今やると今後の魔冒のネタバレが続出しそうなのでやりません。やるとしたら、魔冒終了後ですね。

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