魔王の役目、俺の役目、そして従者の役目
イルサが指で差す方。円形の花壇を四方に囲むベンチ。
「座ろうよ」
友人同士として普通の事だ。夜のベンチに唯の友人の男女二人並んで座った所で何が在るわけでは無い。全く問題は無い。俺がこういう状況に馴れていないだけで。
俺の右隣に腰掛けるイルサ。少し距離が近くないか。少し離れるべきではないか。
「久々の晩餐会で疲れちゃたよ。リセス、ごめんね。その、楽しめなかったよね…」
卑怯だな。そんな顔で懺悔されたら、神だって叱責出来ない。それにこいつの所為では無い。クレサイダやシュナアダに怒りを感じる。
「お前こそ、楽しめたか?」
「ウ~ン、あんまり楽しく無かったかな」
寂しそうに俯くイルサ。やっぱり、こいつに魔王は似合わないんだ。
「なぁ、イルサ。クーレに住まないか?」
俺が側に居てやるよ、あんな奴等の代わりに。こんな利用されるだけの世界なんて嫌だろう。
「何で?」
イルサの為に勇気を出して言った台詞は、理解されなかったようだ。こいつは、分かっていない。どれだけ自分が最低な世界に居るのか!だから、声を荒げてしまった。
「お前は、利用されてるだけだぞ!魔王とか何とかで担ぎ上げられて!クレサイダやシュナアダに」
「そうかも知れない」
俺に言われる前に、薄々気付いていたようだ。俺を寂しげな瞳で見詰めるイルサ。しかし、イルサの眼は俺の遥か上を見る眼に変わる。
「でもね。クレサイダやシュナアダは、私の為に必死に頑張って、私みたいな情けない魔王に必死に利用されてくれてるんだよ。私なんかの為に。だからね、クレサイダやシュナアダや皆の為に私は頑張らなきゃって思うんだよ。少しでも、皆の役に立ちたいんだよ」
幼稚な言葉を並べるイルサ。しかし、俺はイルサよりもお子様な考えしか持っていない。
「だからね、私はリセスやルクちゃんの為にも頑張るからね…ファ~」
嬉しい限りだ。しかし、そこで可愛らしい欠伸が入ってしまう所がこの魔王様なのだろう。
「眠いのか?」
「お酒飲んじゃったから…、眠い…」
酒が入ると寝てしまうタイプらしい。普段、酒だけは口にしない奴だからな。少なくとも、酔うと暴走し出す奴よりはマシだ。
「部屋に戻って寝ろ」
「やだ、リセスともっと話すぅ…」
その気持ちは大変嬉しいが。おい、寝るな。人の肩を枕にして!俺が動けなくなってしまったじゃないか!
くそ、このイルサの寝息を立て始めた顔が、肩の上に乗った状態の俺をクレサイダが見たら。
「こんな所で何やってるんだい。リセス?」
タイミングが良いな、クレサイダ。自分の登場場面をしっかり分かってるじゃないか、ハハハ…。
じっくり、じわじわと迫ってくる死の恐怖の象徴。
「姫を起こすなよ」
奇跡が起こる。クレサイダは空いている俺の左隣に腰掛けるだけ。お前、クレサイダだよな。また、観測者に乗っ取られてる訳じゃないよな。
「煙草」
クレサイダから不機嫌そうに吐き捨てられる一言。一瞬戸惑うが、イルサを起こさないように、細心の注意を払いながら、在庫が僅かになってきた貴重な煙草を差し出す俺。媚びを売るようで情けない。
「やっぱり、君はシュナアダのやり方が気に入らないかい?」
イルサの話を聞いてなお、俺はやはりイルサを弄ぶ行為は許せない。声に出す自信は無い。だから、首を縦に振る。
「やっぱり、君は甘いよ」
自分でもそれを理解し初めている。でも、このイルサが可哀想で。
「君は、ライシス・ネイストが強いと思うかい?」
突然の質問。
「ああ」
肩に大切な荷物が乗っかって居なかったら、立ち上がって力を込めて言ってやる所だ。
「確かにあいつは強いよ。僕は本当にムカつくけどあいつに勝て無かったからしね」
当然だ。父上に敵う者など、どの世界にも存在しない。
「でも、あいつがアレンやラベルグのように剣を振れるかい?ニーセのように、上級魔法が使えるかい?あいつにシュナアダのように政略が行えるかい?」
戸惑うしかない。父上は、ラベルグ氏は分からないが、アレンさんには剣で敵わないだろうし、父上と並んで、最強の魔法使いニーセさんに魔法で敵うのかは分かったものでは無い。政治などに関わる事を避けて来た父上の政略の実力を知る術は無い。
「シュナアダはパシクダカのように剣は振れない。魔法はそこそこだけど、僕よりも劣る。姫のように王の器も無い。でもね、執政をやらせたら、ライシスにも負けないね。最強だよ、絶対にね」
身内自慢だ。とは言えない。
「シュナアダは、あいつの力を最大限に引き出せるように姫を利用している。君の持ってる下らない正義には反するかもしれないけどね。君にあいつの力を否定する事は出来るのかい?」
煙を吐きながら言うクレサイダ。俺は甘ちゃんだ。父上に憧れるだけの。イルサの為、頑張ったつもりだった。でも、シュナアダもイルサの為に自分の役目を貫き通している。俺が甘ちゃんなだけなんだ。
「言い返す言葉も無いって?君は甘ちゃんだねぇ」
クレサイダの嫌な笑みも今なら素直に受け入れられる。どうせ俺は、父上ばっかりに憧れていただけの餓鬼だよ!
「でもね、それが君の強さだと…思う…よ。姫を少し甘やかせてあげられるし、君は甘ちゃんで良いんじゃないかな」
少し救われた気がして見ると、煙草に夢中なフリをしているクレサイダ。月や星の明かりしかない暗い庭園内でも分かるほど耳が赤い。この恥ずかしがり屋め。「クーレでも有名なヘブヘル最強の大魔導士殿も、人を励ますのは苦手なようだな」
少しからかいたくなった。
「クッ、別に君を励ました訳じゃないさ。馬鹿な事言ってると焼き殺すよ」
焼き殺すか。今は、その言葉が少し嬉しくなってしまう。俺の頭はそこまで変になったらしい。
「リセ君何やってるの~!」
五月蝿い奴が来た。クレサイダと話しているだけだ。
「イルちゃんをこんな暗がりに連れ込んで~!」
俺の肩にある重みを忘れていた。大声を出すな。もう、遅いか。イルサが眼を擦り始めた。
「ホウホウ、なかなかやるね~!リセス坊、イルサ嬢と雰囲気ばっちりじゃないか。クレサイダ君、邪魔したら駄目だよ」
「いや、少し暇だから、散歩しようと思ったんだけどな。お邪魔したか?」
大幅の誤解を伴って、俺を裏切って逃げた一人と一匹も集まって来た。
「ウギァー!姫~!そいつがリセスとか言うクソ野郎ですね!姫からとっとと離れやがれクソ野郎!」
食事を乗せたお盆を持ちながら、全速力で駆けて来るカリサペクだったか?俺は何故、罵倒されている。イルサが勝手に俺に寄り添って、寝たのだ。そしてイルサ、寝惚け眼に俺に引っ付くのを止めろ。
「カリサ、五月蝿えぞ。別に良いじゃねえか。てめえらもイルサテカも、ろくに飯食ってねぇだろうと思って、厨房からパクって来たぜ。まぁ、最高級の酒じゃないが、これ無かったが、この酒はなかなか行けるぜ」
琥珀色の液体の瓶とグラスを乗せた盆を持ったパシクダカ。気が利いてる。葡萄酒ではなく、麦酒を持って来てくれるとは。この人は確かに軍隊長としての素質がある。ジンさんにも劣らないだろう。
「イルサテカ様、こんな所に居たのですか!主役がこんな所で!」
シュナアダ。俺の少し楽しい気分に水を差すように現れた。
「ごめんなさい」
カリサペクの持って来た料理の匂いに完全に覚醒したイルサ。さっきまで、極楽気分な表情から一変して、しょんぼりと頭を下げる。
クレサイダの言った事は正しいだろう。シュナアダは執政者として正しく王をたしなめている。でも、イルサのその顔を見て、俺は密かにシュナアダに敵意の籠る視線を送ってしまう。
「…今回は許しましょう。一応、病み上がりと言うことで言い訳が立ちますからね。後は皆様と好きにしてください。しかし、あまり騒がないで下さいね」
怒っているのか、笑っているのか分からない表情でそれだけ言うと去って行くシュナアダ。
「ああいう奴なんだよ。シュナアダは」
クレサイダが俺だけに聞こえるように言う。ああいう奴なんだな、シュナアダは。
「クソ野郎、そこをお退き下さいませ。姫のお隣は、姫の幼少の頃からの世話役であるこのカリサペクと決まってます」
「えー、リセスともっとお話したいよ」
「カリサペク、姫にベタベタするなって言ってるだろ!殺すよ!」
「じゃあ、可哀想なリセ君と、このルクちゃんがあっちのベンチに座ってあげよっかな~?うん、仕方ないからね」
「いやいや、青春だねぇ~?」
「おっ、アースの兄ちゃん、良い飲みぷり。イケる口だねぇ~」
「そういうあんたもイケる口だろ?ほれ、ご返杯」
ささやかで、騒がしい俺たちのパーティーが幕を開けてしまった。
先程までと正反対に翻して、少しこの世界の人々が好きになってしまった俺は、やっぱり甘ちゃんなのだろうか?
長い!と思うのは、天見酒が天ちゃんなせいかも知れません。
他の作者さん達と違って、普段は一話を二千字程度で済ませる堕落っぷりですからね。
どうぞ、少しは長い文を書けるように成長したと、生暖かい目で見守ってやってください。