魔王の役目、俺の役目 1
俺にしては長いので切ります。
シュナアダの言う魔王の顔見せ会は確かに国を運営するために必要な行事なのだろう。衆目の前で、魔王の玉座に借りて来た猫の如く大人しく座っているイルサが引っ張られるのは仕方が無い。
しかし何故、他世界の俺たちまで引っ張り出されなければならないんだ!俺はこういう社交の場というのは苦手なんだ。勘弁してくれ。
「俺、晩餐会って初めてだわ…」
先程から、同じことを繰り返すウエダさんと、早く抜け出したい旨を瞳にのせて、元凶クレサイダを睨んでいるのだが、我関せずに徹するクレサイダ。くそ、涼しい顔しやがって。
「何かワクワクするねぇ~!イルちゃん挨拶とかするのかな~」
胆が座っているのか、家系がらこういう場に馴れているのか、一人楽しむルク。
「恐らく、シュナアダなら魔王のスピーチは省くね」
『皆様、当祝いの席にお集まり頂きありがとうございます。本来ならここでイルサテカ様に歓迎の御言葉を頂きたいのですが、イルサテカ様はご病気から復帰されましたが、未だ喉を痛められ、お声が枯れてらっしゃいますので、御挨拶の方は控えさせて頂きます』
クレサイダの言う通りだった。
「イルサに余計な事を喋るなってことね」
ウエダさんの解釈は正しいのだろう。クレサイダが言い訳を出す。
「スピーチの原稿を覚える時間が無かったし、姫の不在を知られる訳にはいかない。当然の判断だよ」
俺はその当然の判断、イルサは人形みたいに黙って座ってれば良いと言う考えは気に食わない。
「心底気に食わないって顔だね?だから甘ちゃんなんだよ、君は」
久々に神経を逆撫でしてくれる発言だな。
「イルサは政治の道具だって言うのか?」
「僕は言った筈だよ。利用出来るものは利用するってね。それはシュナアダも一緒だ。ここはそういう世界なんだよ」
『それでは、乾杯の前に、皆様先程からお気になられていると思いますので、御紹介させて頂きたいと思います』
俺たちの小声での会話の間に淡々と話を進めるシュナアダ。注目が魔王の玉座と傍らに立つシュナアダから、クレサイダを筆頭とする俺たちへと集まる。
『異世界から、イルサテカ様に仕える為に馳せ参じられた方々です』
「俺達はそういう設定なのね」
ウエダさんが紹介に預かり、恭しく会釈をするルクを真似ながら呟く。俺も不承ながら、クレサイダに視線で促されて頭を下げる。
「私達、魔王の家来になっちゃったね~」
弾む小声で喋りかけてくるが、お前はそれで良いのか?俺はかなり機嫌が悪化しているぞ。クレサイダの言うように俺は甘ちゃんだからか?
シュナアダの乾杯の合図で騒がしくなる宴会場。物珍しさで俺達に話掛けようと寄ってくる人々。
ウエダさんは早々に抜け出し、一人…、一匹だけ難を逃れた栗鼠の待つ部屋へ帰って行った。
俺もとっとと消え去りたかったのだが、こいつが俺には似合わないモーニングの裾を掴んで邪魔をする。
「離せ」
「駄目だよ~、リセ君。こんな可愛いルクちゃんを一人置いてちゃうの~?」
小声でそんな事をほざきやがる。一抹の迷いも無く置いて行くぞ。
「もし、こんな美少女がこんな場所に一人で居たら、物陰に連れ込まれてキャーな事になっちゃうよ~」
連れ込んだ奴が銃弾や火魔法でキャーな事になるだろうな。
「…一人じゃ心細いんだよ~。お願い」
そんな弱々しい眼と弱々しい声で頼むな。いつもの黒いローブじゃないヒラヒラ付きの赤いドレス姿も助長し、普段より少し可愛く見えるが、これはルクのいつもの男を操る卑怯な手段だ。分かっている。だから、引っ掛かった訳では無い。ただ、女性には優しくがネイスト家の家訓なのだから仕方が無い。
折れた俺に、ルクが露骨に勝利の笑みを浮かべる。やっぱりこいつは可愛くない。
近寄って来たヘブヘルのお偉いさん達に如何にも清楚な淑女という振る舞いで対応に切り換えるルクを眺めながら思ってしまう。
ルクは、正真正銘の淑女の鑑であるニーセさんから、淑女のたしなみを少しは受け継いでいるようだが、あの邪な精神は一体で誰に学んだんだ。
乾杯ようにグラスに注がれた葡萄酒を煽る。最高級品なのだろう。味は悪くない。しかし、俺としては、父上の好む麦酒か母上の好む米酒の方が良い。はっきりいって、ルクの接待を眺めながら、酒の品評をするしかやることが無い。
イルサは玉座を立ち、シュナアダやカリサペクを脇に控えさせながら、誰かの話を聞いている。彼処に俺が行くのは憚れるな。
クレサイダは誰も寄せ付けず、壁際に控えてイルサに目を光らせている。クレサイダと二人きりだとしても、俺もあそこの方が居心地が良さそうだ。
「リセス・ネイスト殿」
「何でしょうか?」
逃げようとする俺に、見知らぬ男から待ったが掛かる。機嫌は悪いが、当たり障り無い対応は心掛けておこう。
「貴方はどちらの世界からお越しになられたのですか?」
「クーレですが」
早く解放して欲しい俺の気持ちの所為かも知れないが、この男の声には、何処か俺を見下しているような響きを感じる。
「そうですか。わざわざクーレからね?ところでイルサテカ様は何処でお会いに?」
こいつが俺から聞き出したい事は分かった。やはり、シュナアダの虚言を完全に信じる者ばかりでは無い。さて、どうするか?
「失礼ながら貴方様は?」
情報線は焦ったら敗けだ。まずは相手を焦らす。最小限の情報を与え、最大限の情報を引き出す。クーレ最高の諜報員の息子を舐めるなよ。
「これは失礼。私はラルシ地方を治めるラルシテキと言う者です。それで、イルサテカ様とは何処で?」
一地方の領主か、なかなかの大物らしいな。最も自分の聞きたい事を語尾を強くし、脅しめいて優先させる時点で器は大した物では無いだろう。
「さて、何処だった事やら」
下手に嘘を吐けば、答えを証すも同じ。最も既にこいつはその質問に確信を持って、俺に更なる確実を求めているのだろうが。今さら、何を言っても状況は変わらない。ならば、わざわざ俺を苛つかさせるな。
「つまり、クーレで会ったと考えて宜しいのかな」
勝ち誇った顔を浮かべる男。勝手に勝ち誇ってろ。
「例えそうだとして、貴方はどうするのですか?魔王の不在に反乱でも企てると?」
ズバッと言ってやると表情を強張らせる男。少し軽率過ぎる発言だが、してやったりだな。
「私はシールテカ様に忠誠を誓った、魔王の忠臣だよ。そんな事を企む訳が無いじゃないか」
冷静を装おうと頑張ってらっしゃるが、指が震えてらっしゃいますよ?
「ならば、イルサには忠誠を誓っていないと言うことか?」
出過ぎた真似だとは分かっている。しかし、イルサはお前らのお飾りでは無いんだ。そこの点で俺はヘブヘルの奴等に、苛ついているのは確かだ。
「貴様こそ、イルサテカ様を呼び捨て等、無礼な事を!不忠では無いか!」
俺の鬱憤の捌け口になった男は、怒りを隠す事を止めたようだ。俺はイルサに忠誠を誓った事など無いからな。どうしようも無いイルサに紳士的に手を差し伸べているだけだ。
「そこまでにしておこうか、御両人。ラルシテキ殿、リセスはイルサテカの従者であると共に大事な客人でも在るんだ。余計なちょっかいは止めて貰おうか」
この男が馬鹿騒ぎをした所為で注目が集まった俺達の間に、堂々と仲介に入って来るパシクダカ。感謝するべきなのだろうが、つい睨んでしまった。
「しかし、こいつは」
「一つ言っておこう。こいつは、俺の獲物だ。俺より先に手を出すなら覚悟しろ」
ラシルテキを黙らせるパシクダカ。
鳥肌が立つ寒気が俺の全身を覆う。これが、ヘブヘルの将軍の凄味か。実力のほどが窺える。
有無を言えなくなったラシルテキは、踵を返し、城の外へ。
「リセス、ちょっと付き合え」
機嫌の悪いパシクダカは俺にも、有無を言わさせてくれない。
黙ってついて行くしかないようだ。
俺が何をしたって言うんだ。イルサの為に言ってやったんだぞ!それとも、お前にとってもイルサはお飾り魔王様なのか!
本当にここは最悪な世界だ。
予定していたより、大分長くなりそうです。
次の話で終わるのかな。