もう遥か昔のこと
「セルツ、一つ聞いて良いか?」
そう言って一つですむ人はそうそう居ないだろうがね。
「ハハハ、女の子の口説き方ならば、おじさんにいくらでも聞きなさい」
「そんなどうでも良いことでは無い」
リセス坊、君にとってはどうでも良いことでは無いと思うよ。ルク嬢が可哀想じゃないか。少し人生(?)経験豊富なおじさんに聞いておいた方が良いんじゃないかな。
「シュナアダさんと知り合いだったんだな」
やっぱり、そこをつつくのね。さてさて、どうするかね?
「頼む。教えてくれないか。そのあれだ。こういうのは何だが。セルツに不信を持ちたく無い」
弱ったな~。名前だけじゃなく、その真剣な眼差しもあの坊やに似ているか。クレサイダ君はどうでも良いって態度か。リセ坊に、あなたが隠した真実を明かさないように少しだけ教えても良いかね、主人?
「前を見たまえ。リセス」
私にウエダ君の肩から急に飛び移られて此方を見たリセス坊に言っただけでは無い。あの方があの坊やに言っていた、私自身が心掛けた言葉だ。
「クーレの歴史にリンセン・ナールスやレクスター・シークスは記されているかね?」
久々に口に出す名前だね。本当に懐かしい。
「もちろん、知っている。魔王を倒した大英雄とその英雄を育てた男だ」
素晴らしき誤解に笑いが込み上げて来てしまうね。
あのはな垂れ小僧が大英雄とは傑作だね。しかも、主人にも誤解は生まれているらしい。まぁ、遥か昔のこと、そんなものなのだろうね。
「という事は、彼等がクーレに召喚されたシールテカやシールテカの側近達と戦った事は知っているのだね」
「あ、ああ」
フフフ、鈍感なリセ坊も段々分かって来たようだね。
「おじさんは、クーレに召喚された事が在るって言ったよね。召喚者はレクスター・シークス」
何とか理解しようと考えるウエダ君と違って、話を聞きながらも止める様子なく無言で進むクレサイダ君の背を、ただ見ている君にはもう語る必要は無さそうだね、リセ坊。
「そ、それじゃあ、セルツはクレサイダ達と」
クレサイダ君に遠慮してか、声を小さくなるリセ坊。
「紳士ならば、人の事情を機敏に察してあまり深くは立ち入らないものだよ」
そろそろ昔話はお開きにしないかね。
君の動揺も分からないでも無いだろうけどね。
父上や母上が間接的に戦った君やルク嬢と違って、おじさんは当事者として、クレサイダ君の姿を見たのだからね。
クレサイダやシールテカがクーレで行った許されざる非道をこの眼で見た。
でもね、もう遥か昔の事なんだよ。そう、クレサイダや魔王は変わるぐらいに。だからね。
「リセス、前をしっかり見なさい」
これからの世界を変えるかもしれない若者達に、そう言い聞かせるぐらいしか私には出来る事は無いのだよ。
短いです。
初めてのセルツ視点如何でしたでしょうか。
書いていて、何故か渋めのミルクティーを飲みたくなってきた。天見酒です。
ヘブヘル編は視点がコロコロ代わる短い話が続きそうです。落ち着きが無くなりますがご了承下さい。