魔王の愉快な側近達
城の俺たちの背を遥かに凌駕する正面大扉がクレサイダが軽く手を触れただけで自動に開き出す。
その先はダンスホールだった。
外見が普通なら内装も普通だ。拷問器具が置いてあったり、不気味な悪魔の像が飾られていたりしない。シャンデリアや綺麗な装飾、歴代の魔王だろう肖像画。そして、何やら催しがあるらしく忙しなく動く人々。イルサの凱旋パーティーでもやろうと言うのか?
俺たち、イルサやクレサイダの登場に動きを止める従者達。
「ただいま~!」
イルサの大声に場は先程の五月蝿さを取り戻す。イルサへの歓声が凄い。大人気だな魔王様。
「時間がありません!全員、自分の仕事に戻りなさい!」
イルサに寄って来た従者達に鋭い喝が飛ぶ。
「やっとお戻りになられましたか。イルサテカ様」
緑髪の目付きが鋭い男。口調は優しいがにこりともしない、どこか叱責を感じる語感。
「えっと、ごめんなさい。シュナアダ」
あまりイルサを責めないでやってほしい。俺がイルサを連れ回してしまったのだから。
「まぁ、良いでしょう。そちらの御仁も反省なされてようですしね」
シュナアダの目が俺を見抜く。鋭い洞察力だ。何もかも見透かされている気持ち悪さを感じる。
「名乗りが遅れました。私はシュナアダと申します。イルサテカ様の元で執政を執り行っております」
シーベルエのロンタル執政官長はいつも笑顔を絶やさず捉え処がないが、このシュナアダは無表情で捉え処が無い。その表情の後ろに何を隠しているか分からず、此方がやりにくい事に関しては同等だが、執政官とはこういう人間こそが合っている職業なのか。どちらにしても、俺にはやりずらい相手である。此方も失礼にならない程度に軽く名乗るだけで良いだろう。
無表情に見つめられるプレッシャーの中、冷や汗を掻きながら俺が真っ先に、ウエダさん、ルクと続く自己紹介。
ルクが名前を告げた時だった。突然、僅かに見開かれるシュナアダの瞳。ルクの何かがこいつの無表情を打ち崩した事に俺は驚いた。何だ、この微妙な沈黙は?
「お久しぶりですね。セルツテイン殿」
どうやら、シュナアダはルクの肩に留まるセルツに驚いたようだ。俺はシュナアダとセルツが知り合いだった事に驚く。こいつはヘブヘルにも行った事があったのか?
「シュナアダ殿、済まないけど、私には君と会った覚えは無いね?どうも年のせいか近頃、記憶が曖昧でね」
帽子を深く被り直し、明らかな虚言を吐くセルツ。
「召喚者に似て、惚けるのが、御上手ですね。あの事を忘れた等と…」
「イルサさまぁ~!」
耳をつんざく高い絶叫。凄い勢いでイルサに飛び付く女性。この女性の出現で聞き出したい話は中断される。
「イルサ様ぁ、私を置いて危険なクーレへ行ってしまうなんて!イルサ様、お怪我はありませんか。クーレの野蛮な男どもにあんなことやこんなことをされたりしてませんか?」
「良いから、姫から離れろよ、カリサペク!」
イルサを頬擦りをしながらいとおしそうに愛でる女性。クレサイダの言葉は聞いていないようだ。かなり悦に入っていらっしゃる。
「カリサペク?あんなことやこんなことって何?」
イルサの純粋な質問に固まるカリサペクさん。
「イルちゃん、それはまだ知らなくて良いことだよ~」
ルク、良いフォローだ。
「いえ、そろそろイルサ様もそういう事を知らなければいけない時かも知れません。僭越ながら私めが、今晩じっくりとお教え差し上げ…」
おい、据わった目が本気を表してるぞ。そして、今晩イルサが危ない。
「いい加減にして置け、カリサ」
カリサペクの翼を引っ張る手。鎧を脱いで、Tシャツとジーパンのラフな姿になったパシクカダ。
「あぁ、イルサ様~。何をするんです、パシク兄様!私はイルサ様と久々の熱い抱擁を交わしているというのに!」
こいつら、兄弟だったらしい。
「カリサペク。客人の前です。落ち着きなさい」
パシクカダに抑えつけられなお、イルサに向かおうとするカリサペクにシュナアダが言い、正気を取り戻させる。
「イルサテカ様。お帰り早々ですが、お仕事があります。今夜、貴女様の御復帰の祝いを開きます。御準備の程を」
淡々と告げるシュナアダに首を傾げるイルサ。
「貴女様の不在はご病気で臥せっていると言うことにしておきましたが、そろそろ地方有力者達が疑いを持ち始めた頃です。貴女様の姿をお見せしませんといけません」
王の不在による反乱を防ぐ為の顔見せと言うことか。政治臭いな。
「貴殿達にも今回の件にご協力を願いたいのですが如何でしょうか」
丁寧な態度だが、要は口裏を合わせて置けと言うことだ。その表情からはお願いではなく、脅しの色が濃いな。まぁ、イルサ不在の責任の一端を担う俺が断ることはしないが、こいつは少し気に食わない。
「では、カリサペク。イルサテカ様の晩餐会での準備を。クレサイダは異界からの殿方達を客室に案内してあげてください。パシクカダはそちらのお嬢様を客室に丁重に案内して下さい」
パシクカダへの“丁重に”が強調された。
「おい、俺が野郎どもを案内するぜ」
「駄目です。貴方なら『クーレの剣士の実力がみたいぜ!』みたいな事を言って、喧嘩を売りそうですからね」
図星だったのか、舌打ちをするパシクカダ。俺もこの人と剣を合わせてみたいが、今はやめておいた方が良さそうだ。
クレサイダの“行くよ”につられて、動き出す俺達。
そのクレサイダの背中に一言がかかる。
「クレサイダ、御苦労様でした」
「君もね」
シュナアダの一言だけの労いに、振り向かずに一言で返すクレサイダ。
今まで言葉らしい言葉を交わしていなかった二人。この二人の僅かな信頼関係を会間見た気がした。
俺は少々羨ましく思ってしまう。
これは全年齢対象小説です。十五禁にランクアップするべきなのか?本気で悩み始めた天見酒。
いけませんなぁ~。カリサペクは。悪い意味でニーセ様を越える存在を生み出してしまったかも。