魔王の存在
太陽がさんさんと照る真っ青な空、白く綺麗に整えられた街並み。商人達が店を並べる坂道の先に見える壮健な城。
「微妙に場所がずれた。ま、城の近くだし良いか」
俺のクーレで培ったヘブヘルのイメージは完全に覆された。太陽の昇ることの無い万年の夜。廃墟の群れの中、雷雨にさらされるボロボロな古城。そんなイメージの欠片も無い、背中に翼を生やしただけの普通の人達が過ごす、普通な街並み。
「あっ、イルサだ!」
「本当だ!」
歩き出したクレサイダに続こうとした俺たちに聞こえる子供の声。その声に反応した大人達まで集まって来てしまう。
「タムス、レトカ!元気だった?」
走ってよって来た二人の子供に抱き着くイルサ。ガキが三人だ。というか、お前は魔王なんだよな?
「イルサこそ、酷い風邪引いたんだろ~?大丈夫だったのかよ」
「タムス、魔王様にそんな口聞いたらいけないんだよ!」
「エ~?私は風邪なんか引いてないよ?だって、今まで異世界に…」
「待った!姫、待ってください」
クレサイダのいきなりの待ったに、クレサイダの存在に気付いた子供達がイルサから離れる。イルサに耳打ちを始めるクレサイダ。つまるところ、イルサの不在は風邪で寝込んでいることに処理されているという事だろう。
「とにかく、早く城に行くよ。ここではゆっくり出来ないから。姫、行きますよ」
クレサイダは瞬く間に出来た人混みを見ながら俺たちに告げる。その人混みの中心にはイルサ。『病気は治ったのですか』、『これを持ってて食べて下さい』、『イルサテカ様、どうぞ今日こそ私の想いを受けとって下さい』。
なんとも人気のある魔王様のようだ。この街の住人にとことん好かれているらしい。魔王としてよろしいのかは分からないが。
「イルちゃん、人気者だねぇー。羨ましいな~」
「えっ、そうかな?私って人気あるかな?」
歩き始めてなお、四方から声を掛けられるイルサ。こいつが歩くだけでお祭り騒ぎだ。そして、俺には少し罪悪感が芽生える。ここまで、民衆に好かれているイルサを無理にクーレに喚び出してしまったことに対して。
ふと、空から舞い降りて来る集団。その筆頭に立つ漆黒の鎧に身を包む男。
「パシクカダ、出迎えかい?ご苦労だね?」
「クレサイダ。そいつがイルサテカを召喚した野郎か?」
話が噛み合わないパシクカダが指を指した先には、ウエダさん。あまり友好的な態度では無い。機嫌も良さそうでは無い。
「俺がイルサを召喚しました」
自分の罪を人に擦り付ける気は無い。
「いい覚悟だ。なら、死ね」
俺の弁明を聞く気は無いらしく、剣を抜くパシクカダ。足が速い!こちらが抜く前に殺られる。居合いしか、選択肢は無い。カタナに手をつけた。
イルサが間に入らなかったら、どちらかが殺られていた筈だ。
「駄目だよ。パシクカダ。リセスは私の友達だからね」
「イルサテカ、お前は甘過ぎるぜ」
剣を収めるパシクカダ。その敵意ある物言いに、イルサに忠実と言う訳では無い事を感じる。
「まぁ良いか。クレサイダ、シュナアダがイルサテカの帰りを首を長くして待ってるぜ。急げよ」
それだけ言い、俺を一睨みして、城へと部下を引き連れ飛び去って行くパシクカダ。
「リセ君、大丈夫~?」
「あぁ」
ルクの声に冷や汗が垂れているのを感じる。イルサが止めに入らなければ、俺は確実に殺られていた。
「クレサイダ、何なんだ。あの野郎は?」
ウエダさんがクレサイダに訝しげに尋ねる。
「彼はカダ。軍隊の最高指揮官長ってところかな」
とんでも無い奴に目を付けられたものだ。
「カダって、名前の一部じゃないの~?」
「違うよ。君達の世界では家名が名前に付くだろう。レッドラートとかネイストとか。ヘブヘルはその代わりに役職が付くんだ。僕なら名前のクレサに、魔導士長を意味するイダだ。これは職業によって異なる」
なるほど、家名の代わりに職業名が使われているのか。
「ヘブヘルは実力主義。君たちの世界と違って、どんな高貴なお家の出身だろうと実力が伴わない奴は上にいけない世界なのさ」
イストを名乗るには俺は力不足だ。決まった家名で引き継がれるより、実力によって代わる名の方が確かに共感出来る。
「じゃあ、イルちゃんのテカってのは、魔王って意味なんだ~」
「うん、そうだよ。世界で一人しか名乗っちゃいけない名前なんだよ」
イルサが無邪気に自慢する。
少し納得がいかない。テカがイルサに相応しいのだろうか。兄であるカイムは何故テカを名乗れなかったのか?
敵ながらあいつの方が実力を伴っている気がするのだが?
クレサイダに聞きたいところでは有るが、今、聞くことでは無いだろう。
イルサの城は直ぐ目の前だ。