観測者の台頭
「さて、ここは科学世界か?それにしては様々な世界の生物が集まっているものだな。フォートン以外は勢揃いか」
クレサイダだった顔がゆっくり動き、クレサイダだった眼が俺たちをゆっくり見回す。
そして、その男の一挙一動にだけ視線が注がれる。
「貴方は誰?クレサイダはどうしたの?」
イルサが妙に落ち着いて尋ねる。静かに相手を威圧するように。部屋の外のざわめきを強調させる束の間の静寂がこの部屋だけを覆う。
「観測者と言っておこう。あのシャプトは私の邪魔をしたのでな。私の身体に眠ってもらっている。最も魔力不足に私が手を下すまでも無かったがな」
「クレサイダも厄介な者に取り付いていたものだな」
カイムが立ち上がりながら、観測者を睨んでいる。
観測者。クレサイダが漏らしていた言葉。どう厄介なのか、聞きたい人物、俺たちの中で一番良く知ってる人物は観測者の中にいる。
そして、この観測者は敵か味方か。少なくともクレサイダの味方では無いのだろうな。
「それにしても、その髪と眼。シルビーと魔王の双子か?何故、アースに居る」
「お母さんとお父さんを知ってるの?」
「ああ、良く知っている。私はシルビーの兄だからな」
顔を歪めながら言う観測者。あまり妹と中は良くないようだ。しかし、また判断に困る状況だな。イルサの伯父であり、カイムの伯父であるという事か。この男、どちらに転ぶのか分からない。
「それで、何故アースに居るのだ」
説明した方が良いのか。
「いや、介入者が居る時点で説明の必要は無しか?そうだな、マスナー?また、オシリスの杖で世界を壊すか?」
介入者。俺には耳新しい単語が多すぎる。話を振られたマスナーは黙り続ける。
「シールテカやその子たちを利用するか…。シールテカは何処だ?今度こそケリを着ける。貴様ら、介入者諸ともな」
話の道筋は分からないが意味は分かる。穏やかには済みそうに無いと言うことは。しかし、魔王シールテカは死んでいる筈だ。
「シールテカは五年前に死んだ。我が殺した」
「何!シールテカを殺した!」
観測者も流石にショックだったようだが、直ぐに冷静さを取り戻した。
「それでは、シルビーはどうした?今、何処に居る?」
「母もその時に共に逝ってもらった」
簡単に言ってのけるカイム。イルサの前でな。イルサはうつむいていてその表情は窺えない。イルサの仕草を見て真実を確信した観測者の顔に怒りが浮かぶ。
「…そうか。私は観測者として、介入者が居る以上貴様らを止めねばならない。そして、この世界からこの世界以外の要素を排除せねば…な!」
カイムに斬りかかる観測者。ハシュカレの魔鎗が観測者を止める。どうやら、今はこの観測者の刃はカイムに向いているが、その刃が同じく異世界の人間であるこちらに向く可能性があるらしい。
「皆、行くぞ!」
「駄目!クレサイダを助けなきゃ!」
観測者とハシュカレが刃を合わせた。アースの欠片はウエダさんが持っている。今、ここに危険を犯して残る理由は無い。無い筈だ。クレサイダはもう駄目だ。イルサだから動いてくれよ!
頑なに動かないイルサ。その足元に何か鉄の物体が転がった。煙が部屋を覆う。
複数人が入ってくる足音。誰かの使った風魔法。異様な仮面を着けた黒服の銃所持の男達の姿。
「動くな。全員武器を置いて床に手を付け!」
アースの軍が到着したか。銃兵が十人。身体的に痛手を負っている俺や心理的に痛手を負っているイルサでは相手が出来ない。セルツやウエダさんは役に立たないし、今の俺とルク一人ではこの劣勢打開は難しい。ここは素直に指示に従い、捕縛されるべきか。クレサイダの指示に従い、素早く逃げるべきだった。
いつからか俺たちの頼りの綱になっていたクレサイダ。彼はもう居ない。
だから、俺が考える。あいつならばどうするかを…。