消えるクレサイダ
意味深長な言葉を吐き、倒れるクレサイダ。外傷は見当たら無い。ならば、何が起きた。さっきの言葉の意味が否応なしに過る。
「寄るな!良いから、姫とそいつらを連れて逃げろよ!早くしろ!」
近寄ろうとした俺たちにクレサイダの怒号が飛ぶ。
「魔力を使いすぎて、身体に乗っ取られましたか。無様な最後ですね、クレサイダ?」
ウニロが静かに語る。俺たちに混乱が走る。
「クレちゃん!どういうこと!」
「クレサイダ、何でそんな無理したの!」
ルクとイルサの怒鳴り。敵味方構わず、身体が固まる。魔王が本気で怒っている。俺もせめて早めに言って欲しかった。そうすれば、無理にこいつを利用しようとは思わなかった。
「良いから早く行けよ!リセス、姫を逃がせ!」
クレサイダがイルサに対して横暴な発言をしたのを初めて見た。そして俺がクレサイダにここまでキレるのも。
「ふざけるな!俺に命令するな!まだ、俺はお前を十分利用してないんだぞ!利用だけして逃げんじゃねえ!」
「ならば、僕を殺せよ。君の為に!それが利用するって事だ!出来ないだろ、甘ちゃん!」
「出来る訳無いだろう!邪魔をするな、ハシュカレ!」
くそ、今ほどハシュカレと魔鎗が煩わしいと思ったことは無い。これほど、クレサイダを忌々しいと思ったことも無い。
「君らは馬鹿過ぎるんだよ…」
声が小さくなるクレサイダ。
「クレサイダ。我は敵ながら感服するぞ。敬意を表してその身体に乗っ取られる前に我が止めを差してやろう」
「早めに頼むよ。王子」
剣をクレサイダに向けるカイム。
「駄目~!」
カイムの前に立ちはだかるイルサ。それを見て、カイムが吼えた。
「お前がこいつに頼り過ぎた結果がこれだぞ!後は、そいつは、その身体の魔力の一部として使われる生き恥を曝すだけなのだ!お前に止める権利があるのか!」
この場の生物全てが止まる。
俺たちの心を容赦なく突き刺すカイムの言葉。イルサだけでは無い。俺たちもクレサイダの追い詰めた。
「それでも、私にはクレサイダが必要だから!クレサイダが居なきゃいけないから!」
…イルサ。言いたい事は分かる。しかし、今はカイムが正しい。その正論は有無を言わさず、俺達は抵抗するすべも無い。
「姫…。僕を殺して…」
それをイルサに頼む悪漢。イルサからは大粒の涙が流れ出す。どこまでお前は俺たちを苦しめる気だ!どこまでお前は最悪な奴なんだよ。
それでもイルサはカイムの剣を止める。そして、カイムはイルサの身体を撥ね飛ばす。
俺は、ただイルサとカイムが剣を交えるのをただ見ているしか無かった。床に這いつくばるクレサイダに俺が出来る事は無い。助けてやることも、殺してやることも。
カイム、俺はクレサイダを裁く権利はあるのか?
俺は他の奴等と一緒に見ているしか無いのか?
カイムの薄い影がクレサイダを覆う。振り上げた刃。
「クレサイダ~!」
イルサの叫びが建物内外の喧騒に負けずに轟く。
クレサイダは立った。カイムの腹部に拳を叩き込む。カイムは勢い良く後ろに飛ばされ、遅れて剣が床に転がる音が部屋を支配する。
「人の身体を散々とこきつかってくれたものだな。シャプト」
カイムの溢した剣を拾いながら、笑うクレサイダ。いや、それは既に、クレサイダでは無かった。