もし神がいるならば
ガラス越しに見えるアースの夜を彩る明かり。
へぇー、良い景色じゃないか。この高さといい、広さといい、この建物を姫に献上したいね。
カイムの件が片付いたら、リセスからセレミスキーを奪って、手始めにこの世界を姫に献上しようかな。確かに僅かな時間で何発も撃てる銃を造る科学力は認めるけど、魔法が使えない時点でヘブヘルの敵じゃないね。大した武力がじゃないね。
「ところでウエダ。この世界の法律では軍隊以外武器を持ったらいけないんじゃなかったのかい?それとも、金持ちは特別なのかい?」
部屋の中に居る初老の男、僕の方が年上だけど、弾を撃ち尽くした銃を抱えて肩で息をしている。
「知らねぇよ。そんなこと。それよりもお前達の不思議バリアーの方が俺には驚きだ!」
魔法防壁なんて初等中の初等の魔法なんだけどね。
「えっと、私達は貴方と争う気は無いんです。世界の欠片を探していて、貴方が持って居ますか?」
銃を捨てる初老の男。姫に従う気になったのか?いや、新な銃を出した。何も無い空間からね。この世界の住人が召喚魔法が使える筈は無いんだけどね。そんなことよりもさぁ、君は誰に銃を向けてるのか分かってるのかい?さくっと殺すよ?
「ご老人、ここは落ち着いて話そうではないか?それがアースの欠片の力かね?」
姫の肩に図々しく居座るセルツが喋る事により、当の男も驚きを表した。暫く身動きせずに考えた末に、片手だけで銃を持ちながら、内ポケットを探る男。
「お前達が探しているのはこれか?」
内ポケットから出す緑に輝く世界の欠片。
「これは私が20年前に天使から授かったもの。お前達はこれを取り返しに来たのだろうがそうはさせない。私はまだこれを使う必要があるのだ。だから帰ってくれ」
中々、饒舌に語ってくれるね。天使から授かった。この世界の観測者はどうやら健在のようだね。
「えっと、私達は奪い取る気は無いです。でも、カイム達がそれを奪いに来ます」
「カイム達は一階下まで来ちゃってるよ~」
僕としては、尚、姫に武器を向け続けるこの不敬者をとっとと殺っちゃって、カイム達が来る前に欠片を手にしたい所だけどね。
「これは神が渡しを選び、私に授けたもので私の物だ。誰にも渡さない。私がこの世界を発展させるために」
「神ねぇ~。馬鹿馬鹿しい。君が神と呼んでる存在はただ君を利用しているだけだよ。僕はあいつらもあいつらを神とか言う馬鹿も嫌いなんだよ」
とことん僕の神経を逆撫でしてくれる。
「いい年して我が儘言うのは止めなよ。そいつはあんたみたいな非力な爺が持ってて良いものじゃないんだよ。力あるものが持つ物だ」
「クレサイダ!」
姫がお怒りだけど、僕は間違った事は言って無いね。クーレもそうだったけど、全知全能な神、望めば何でも叶えてくれる神。オシリスはそんな奴じゃないし、そんな存在がいる筈も無い。オシリス筆頭の観測者達は、今は全ての世界を見ているだけの存在だからね。
「クレサイダの言う通りだ。力は力ある者が取る。これが道理だぞ、イルサ」
後ろからの声。振り向かなくても分かるさ。姫と同じで二十年の付き合いがあるからね。付き合いたくは無いけどね。
振り向き様に素早く中級火魔法を放つルク。
カイム達を覆った炎の中から氷の刃が襲ってくる。
まぁ、ウニロがルクの魔法ぐらいで殺られる奴なら楽で良いんだけどね。僕としてはこの世界でカイム達と全力でやり合いたくないところだけど、それはウニロも同じ。魔力を消費し、かなり縮んでいる。違うのは、ウニロは魔力を使い果たして消滅すればいい、僕はこの抜け殻が残る。残ってはいけない抜け殻がね。
だから、僕はひたすら抑えて戦わなくてはいけないんだけど、カイムに勇ましく向かって行く姫はまだしも、他の面々は…。
「ここには、木が無いじゃ無いか。おじさん、ウッカリだ。ウエダ殿、何処かに木は無いかね」
「そんなもん都合良くあるかよ!」
役に立たない栗鼠と逃げ惑うアース人。
ウニロのチマチマした攻撃を防ぐ。まずはウニロを無力化したい所だ。僕の後方で机を盾にしてる男に近付けてはいけない。ウニロの後方でタイミングを伺うハシュカレとマスナーが厄介だ。このままじゃあじり貧だね。
「ルク、レッドラートやパルケストのような威力の高いの出来ないのかい?」
「出来る訳無いじゃんか~。か弱い女の子に無理言わないでよ~」
役立たず。僕がやるしかないか。持ってくれよ。ウニロの攻撃の間隔を計り、魔法防壁を消す。一発大きな炎を産み出す。ウニロを飲み込む炎の渦。
失敗した。ウニロの前に立ちはだかる床から突き伸びた石の壁。マスナーの手に輝くフィフレの欠片。やってくれたね。
その隙を突いて、ハシュカレが僕の横を素通りし、机の上に飛び乗る。不味いと思う間もなく、老人の胸を貫く鎗。床に転がるアースの欠片。
「神よ…」
哀れな男が呟いた哀れ極まり無い言葉。
ウニロの追撃により、また魔法防壁を張り動けない。色々と不味いな。欠片へ手を伸ばすハシュカレ。そして…。
ハシュカレが鎗で暫撃を受け止める。アースの欠片をウエダやセルツの方へ蹴る血の流れる足。遅いんだよ、リセス。
「リセス、怪我してるの!」
「大した怪我じゃない!」
ハシュカレに独特な剣を向けるリセス。馬鹿な父親に似て強がりだね。そんだけの血を流して起きながら大したこと無い訳無いじゃ無いか。まぁ、良いか。どうせ、ここまで来たんだから利用させて貰うよ。君は馬鹿だけど嫌いじゃなかったからね。
「セルツ…、リセス…悪い。後は、姫は頼むよ」
「何を言ってるんだ?」
「クレサイダ?どうしたの!」
姫のお心遣いに感謝だね。もう、この身体は僕の物じゃないんです。そして、僕は…。
もし、本当に神が居るのなら僕は僕を消してくれと頼む。
僕は悪だ。悪を裁くんだろ、神とやらわ。
神に祈るなんて、僕も切羽詰まったもんだね。
クレサイダ。今までありがとう。天見酒は君の事を永遠に忘れないよ。
次回からリセス視点に戻ります。