トラブルの中へ
別に行く手を阻む意志はなし、彼らを受け入れる気満々だったのに、破壊された可哀想な自動ドア。
それを潜った途端に目の前に現れた氷塊の数々に、こいつらに同行した事を後悔した。おとなしく車で待ってりゃ良かった。
クレサイダやイルサの前で弾ける音を立てて崩れる氷。バリアーか?バリアーなのか?
それよりも、あの動くコールタールの化け物は何なんだ!いや、あの細身な眼鏡男が今、警備員を刺した鎗伸びなかったか?
俺の頭の中は突然の来訪者達にこのビルの現状と同じでパニック状態だ。
「ウニロ!先に欠片だ!そいつらに構うな!」
一階ロビーのエスカレーターをかけ上った赤髪赤眼の男が叫ぶ。警棒と言う低装備でその男を押さえようとした犠牲者がエレベーターで階段落ちを再現。床に満ちる血で俺が非日常に踏み込んだ事を知る。俺の居て良い場所じゃない。しかし、外には既にサイレンが聞こえ始めて逃げ出ようにも引っ込みのつかない状態になっている。俺はこんなことで新聞の一面に飾り立てられたくは無い。
最後にでかい氷を出して、赤髪の男を追うコールタール。
ルクが拳銃を乱射。イルサが魔法なのか、を放つが敵に有効だにはならない。二階フロアの奥へと姿を消す。
「天辺で何か弱い魔力を感じるよ~」
「追うよ!」
「ちょっと待て!」
素直にエスカレーターから行こうとするクレサイダを止める。
「上に行きたいなら、此方が早い」
これ以上関わるなの自己警告は押し留めて、誰も居なくなった受付の横のエレベーターを呼ぶ。
「ウッ、この中、何か気持ち悪い~」
初めてエレベーターに乗る人間はそうかも知れないな。
「ウエダ殿、ここはどういう建物なんだい?」
「あ~、世界で一番凄いIT企業…、世界一の機械を造ってる会社だ」
ITなんて理解出来ないだろうな。俺もたった三日でこいつらに馴れたもんだ。栗鼠と真面目に受け答えしてしまう俺はどうなのだろうか?そんな事より、聞きたい事は山積みだ。
「さっきの動く黒い奴は何なんだ?あれは生物なのか?」
「シャプトだよ」
イルサ、頼むから異世界初心者な俺に高度な単語だけで説明しないでくれよ。
「魔力構成体。肉体を持たず、知と魔力だけで動く、高度な生命体さ」
クレサイダ、分かりやすい説明ありがとよ。俺には理解出来ない事が分かった。
「とにかく、気持ち悪い生物だってのは良く分かったぜ」
「悪かったね」
何で不機嫌そうになるんだ。お前には言って無いんだが。
「ウエダさん、クレちゃんも今はこんな姿だけど、一応シャプトだからね~」
おっと失礼。あの醜いコールタール野郎と同類がイケメンに化けて身近に潜伏しているとは思ってなかった。
四階で開く扉。目の前に立つおっさんやオールドミスは俺たちの姿を見た途端に、慌てて閉スイッチを押す。どうやら乗る気は無いらしい。
「それで、あの赤髪がカイム何だろ?どう言った関係だ。特にイルサと」
この質問の後の皆の表情で聞いてはいけない事だとははっきりした。まぁ、イルサと近しい関係なのは間違いないと言うことでこの話はおしまいにしよう。
「じゃあ、世界の欠片とかを集める目的は何なんだ?」
この場の全員の視線が集まる人物を俺も見る。
「君は知らない方が良いことだと思うよ」
「最もだな。これ以上、深入りしても禄な事が無さそうだ」
これ以上はお節介は無しだ。エレベーターも天辺に着いたしな。開く扉。目の前にあるのは社長室が有るだけのフロア。
威勢良くエレベーターを降りて行くクレサイダ達。
「何してんだい?」
「俺はここで待ってる。これ以上は役に立たないからな」
そう俺の出番はここで終了だ。
「ウエダ殿、ここでの待機は危険だ。カイム達がここを目指している。あいつらは遠慮無しに君を殺すだろう」
下には警察が来てるんだろうな。こいつらと一緒に社長室に殴り込みか…。溜め息が漏れる。
どっちみち、俺は犯罪者となってしまったようだ。
クレサイダの吹っ飛ばす扉を見ながら、平凡なフリーター生活が恋しくなってきてしまった。