真剣勝負
どんどん人は集まって来る。周囲の人から漏れる共通の単語、エイガの撮影、テレビの撮影。そりゃ、何だ。
逃げようとせず、驚こうともしない観衆。どうやら、ウエダさん曰く、この世界では一般市民の武器所持を禁止する法律は有るらしいのだが、この世界ではカタナで切り合う光景は日常茶飯事らしい矛盾を感じずにはいられない。
ガラスが派手に割れる音。カイム達の仕業か。俺から距離を取ろうとする顔傷。素早く後退する顔傷に刃を立てて迫る。
「全員、先にカイムを追え!こいつは俺が抑える!」
こいつ一人に全員でかかっている場合では無いな。
顔傷に至近距離でつばぜり合い、こいつが他に気を向けられないようにこの距離を保つ。
「リセス…」
俺も気は抜けないイルサの表情は見れないが、予想は出来る。あまり良い表情じゃないだろう。
「イルちゃん、行くよ」
それで良い。
「リセ君、ごめんね」
俺の横を通り抜けながら言うルク。それは何について謝ってるんだ。まぁ、俺の気が少し軽くなった事には感謝しておこう。
カイム達の後に続いて、建物の中に消えるイルサ達を確認。
続いて、大量のガラス、いや、大量の氷が砕ける音。ウニロの魔法か。何も知らない人たちが何か叫びながら建物から避難してくる。ところであの男性が叫んでいるテロとは何だ?そんな考えても分からない事よりイルサ達は無事だろうか。先に行かせた事を後悔してしまう。
俺の腹部に蹴り。油断した。俺の手からカタナがこぼれ、地面に背中を付く俺に、俺の頭上に立ち、逆手に持ち変えたカタナを突き下ろす顔傷。その腹部に雷魔法を叩き込む。
咄嗟の事で、魔力を十分込められなかったが俺が体制を立て直す時間は稼げた。
俺がカタナを拾い、奴にカタナを向ける時には、相手の顔は怒りに燃えている。怒りはカタナを狂わせる。母上の言に従って、もう少し挑発しておくか。
「もうちょい、俺に付き合ってくれよ。顔傷さん。真剣勝負と行こうぜ」
父上が言いそうな台詞になってしまった。母上がこの場に居たら、“そんな低俗な言葉使いをするな”だな。
「貴様は本当にあの男に似ているな。そのムカつく顔とそのムカつく物言い」
父上に似ているなんて、俺にとっての最上級の誉め言葉、有難く頂いておくぞ。
「あの時、アレン・レイフォートに気を取られて、貴様の父親に息の根を確実に止めて置かなかった事が、ここまで俺の障害になるとはな」
こいつがブロイシュさんやベーデさんから聞いた話に出てきたニンジャだったか。不意打ちとはいえ、クーレであの父上に、唯一致命傷を与えた人間。
こいつに勝ちたい。父上に追い付く為に。
「あの時、いや、あの時から貴様の両親を殺れ無かった事ほど、俺を苦しめた失敗はない。だから、今、貴様であの時の失敗を清算させてもらう。両親の分も支払ってもらうぞ」
避難してきた人たちが、ケイタイと言う魔話器や魔写器の役割のある道具で通信を始めている。ケイサツと言う単語が聞き取れる。この世界の軍の介入。勝負を急がなくてはいけないな。
カタナを鞘に収めて、腰を低くして構える。俺は、カイナ出身では無いが、カイナ出だろうニンジャの顔傷は、口元を吊り上げ、俺のポーズに付き合ってカタナを鞘に収める。その敵との意志疎通に俺の口元も僅かに緩むが、気は抜けない。お互い一撃にかける勝負。純粋に精密な速さだけの勝負。カタナを振っている年数が相手とはかなり違うだろう。我ながら不利な勝負を持ち掛けたものだ。
勝ち目が無いと思える戦いでも案外勝っちゃう時もあるもんだぜ。第十四回シーベルエ剣術大会で、カーヘルさんに挑むが俺に父上が掛けた言葉。苦境をものともしなかった父上の力強い言葉。俺に重くのし掛かる言葉。敗けない。俺は敗けられない。
周囲が騒がしい。けたたましい音を鳴らし赤い光りを回す車が何台か止まる。
「そこの二人、動くな!武器を捨てろ!」
その誰かの号令が、計らずも俺たちの動き出す合図となった。
今日はここまでと言うことで。