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悪と正義

我ながら貧乏くじを引かされたものだ。

始終黙り切るクレサイダにカーヘルさんから俺に説明を求められる。

黙って聞いているニーセさん、俺の横に立つカーヘルさん。イルサ、ルク、セルツからの手助けは無く、気まずい雰囲気の中、一人で口を動かす俺にかかったプレッシャーは相当なものだった。

俺がその難境を終えて、俺達の前でニーセさんは一度だけ口を開いた。


「大体は分かったよ~。リセス君、今日は疲れたでしょ~?ゆっくり休んで良いよぉ?あっ、ルクちゃんはここに残ろうね」


扉を開けるニーセさん。ルクを残して出て行ってと言ってるようにも取れる行動。余程、クレサイダとは居たく無いようだ。



説教を受けた気分な俺は、カーヘルさんを先導に従い各各の部屋へと案内される。セレミス教巡礼者用の粗末な部屋。ベッドが六つ並ぶだけ部屋。



疲労に任せて何回も微睡むも深い眠りに着けない。シーベルエ北端育ちの俺にルンバットの暑い夜は辛い。眠りに着けない原因はそれだけでは無いのだが。


身体を起こして周囲を見る。イルサは俺の向かいのベッドで暑さなど気にせずにすやすやと気持ち良さそうに熟睡中。セルツはその隣のベッドの枕の上で丸まっている。

ルクはまだニーセさんの所に居るのか。


クレサイダが居ない。嫌な予感が頭を止まること無く過った。

クレサイダを探すために、俺は急いで部屋を後にする。


二人は、教会中庭セイン・セレミスの墓の前に居た。しかし、二人が見ているのはその横に立っている小さな慰霊碑。

何かを話している。声を掛けるべきだろうが、生暖かい壁に背を預けて聞き耳を立てさせてもらう。己の好奇心には負けた。


「それで、君は僕を殺したくは無いのかい?」


表情は伺えないがクレサイダはいつものように皮肉な笑みを向けてることだろう。


「殺したいですよ。私は貴方を殺す為に剣を握って来たようなものですから」


カーヘルさんの表情も読み取れない。しかし、父上やアレンさんのクレサイダへの態度とは明らかに違うだろう。俺にはカーヘルさんを殺意に駆り立てるものは分からない。俺の周りの大人達、父上の仲間達はルンバットの争乱については誰も語らなかった。二十年前、この地で何が起きたのか。この地でクレサイダは何をしたのか。俺は知りたい。


「それならば早くかかって来なよ。それとも、君はまだニーセ・パルケストやケルック・ラベルクが居なければ一人で何も出来ないのかい?」


一瞬、止めに入るべきか迷いが生じたが、カーヘルさんが此処で剣を抜く姿は浮かばなかった。一歩踏み出した足を戻す。

ケルック・ラベルク。何処かで聞いた名だ。昔、誰かから聞いた名前。ラベルク、旧ガンデア連邦地方では良く見掛けるありふれた家名だ。誰か似た名前を聞いただけかも知れない。


「そうだね。私は一人じゃ何も出来ないですよよ。話は代わるけれど、君はアレンの率いる第3独立遊撃隊に会いましたよね?」


「それがどうしたってのさ。アレン・レイフォートはのほほんと僕を見逃したよ」


「ミシャちゃんと話をしましたか?」


これで話は繋がったのか。ミシャさんの家名もラベルク。これは偶然の一致では無いのだろう。

間が空いてクレサイダが言った。


「僕がケルック・ラベルクを殺したと彼女に言ったよ。それぐらいだ」


クレサイダは今、どんな顔しているのだろうか。俺には予想出来ない。笑っているのか、嘆いているのか。


「聞いても良いですか?」


カーヘルさんの凛とした声が響いた。


「ケルック・ラベルクは強かったですか?」


一陣の温い風が吹いた。クレサイダが口を次に開くまで時は流れた。


「それは僕に対する嫌味かい?僕をあそこまで追い詰めたのは…あの男だけだよ。そして、邪魔だから殺した。それだけだよ」


今のクレサイダの声は聞いた事が無かった。この奸雄の過去を、想いを知らなすぎる人間が聞く必要の無い声。


カーヘルさんが何かを言った。クレサイダにしか聞こえない小さな声で。

その時、クレサイダが激昂した。


「ふざけるな!何なんだよ君たちは!僕はあいつを殺ったんだよ!僕が憎ければ殺せば良いさ!」「あの人はそうしただろうからですよ。それだけです。当時四歳の娘すら学んだことなんです。これがあの人の正義なんですよ。あの人の守ったあの人の世界です」


ケルック・ラベルク。父上の言葉を思い出した。愚かなる偉大な英雄。その人が守った世界とは…。俺には理解出来無い。


「ふざけるなよ!僕に正義なんて言葉が分かるか!僕は悪だ!裁かれる存在なんだよ!」


クレサイダは悪。誰が決めた?悲しくもそれはクレサイダ自身だ。


「君が悪だとしても、私に裁く権利は無いよ。裁いて欲しいならば」


カーヘルさんが言葉を切る。俺もクレサイダを裁けないだろう。


「リセス・ネイストに裁いてもらいなさい。彼の方が君を裁くに相応しい」


俺がクレサイダを裁く?

カーヘルさんがいきなり声を大きくする。


「そういう事で後は任せました。リセス君」


バレていた。観念してゆっくり姿を曝す俺。気まずい。任せると言われても困る。

カーヘルさんは俺の横を通って行く。


残された俺とクレサイダ。お互いに醜態を見せ合い何とも辛い。

クレサイダが立つ隣に行き、逃げる為に煙草に火を付ける。


「盗み聞きとは良い度胸だね?リセス君」


「裁かないぞ」


俺の意味の通らない発言。


「お前は裁けない。俺はそれしか言えない」


クレサイダが俺を見ているのを感じる。俺はその眼に気付かないふりだ。今のお前の顔は見たくない。


「リセス」


クレサイダが俺の顔を見ようとする。絶対に見るものか。今のお前の顔は見たくない。


「煙草を僕にもくれよ」


クレサイダから吐かれる煙が俺の吐く煙と戯れる。そして空気に溶け込む。


俺は正義なのか、それとも悪なのか。俺には分からない。

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