怒る紳士
己の甘さを後悔する。この世界にも平和的対応を念頭に置かない奴も居た。そう俺も甘かった。それがメーランスを殺した。
「リセス、目前の敵に集中しないと一瞬で死ぬよ。赤の他人が死んだだけだ」
分かっている。そのお前らしからぬ発言の方が驚きだ。いや、クレサイダはこういう奴だったな。
「やはり来たかクレサイダ。クーレの欠片も持って来たようだな」
拳銃をウニロに向けているルクに顎を向けるカイム。見張ってやがったな。やはり、ルクの先程の行為は軽率過ぎた。
「別に君に渡すために持って来た訳じゃないよ。とことん君たちの邪魔するためにさ、ッ姫!」
イルサにしては耐えた方だろうが、真っ先に動いたイルサに敵の矛先は向かう。顔傷にハッシュカレ。しかし、イルサは空中へ回避。その前、カイムに一直線。
カイムとイルサの剣がなる。明らかにイルサの力負けだった。砂浜に背をつけるイルサ。クレサイダのカイムに向けた魔法により事無きを得たが、お前は無茶のし過ぎだ。
「全くお前は話も聞けんのか?相変わらずのアホだな」
大層気に障る台詞だが、カイムを睨んでやる場合ではない。俺とルクは、顔傷とハシュカレ、ウニロから片時も目を離せる状況ではないからな。囲まれた。戦況は最悪だ。そんな事態を知ってか知らざるか、イルサは口を開く。
「ルクちゃんに手を出したら、本気で怒るよ!」
既に怒りの域に達しているイルサに対してカイムは穏やかに話す。
「やはりお前に魔王は向かない。魔王の証を我に渡せ、イルサ」
「絶対に嫌!」
俺はカイムに賛成しよう。イルサは魔王に向かない。カイム方が魔王職には向いてるだろうな。だからこそ渡せない物だ。
「イルサ、聞き分けが悪いぞ。素直に渡せ。此方は力付くでも良いのだぞ」
カイムの子供を叱るような口調は俺の機嫌を逆撫でするだけだった。イルサに今更兄貴面か?
しかし、流石のイルサもこの場で動きようが無いのは分かっているだろう。沈黙を選んでいる。
いつでも俺たちに集中砲火をできる状況を覆す方法は何か無いのか。
突如、地響きが起きる。砂を豪快に尽き破り現れる無数の木の根。カイム達がその地下からの不意打ちに吹き飛ばされる。カイム達を拘束しようとする根に、包囲網が乱れる。カイム達の拘束は無理だったが、俺たちがその窮地から出るには十分だった。
そいつの小さな存在に気付いてなかったカイム達に予想は出来ないだろうし、俺達もそいつを忘れていた。
「カイム君、少々、おいたが過ぎるよ。おじさん、年甲斐も無く怒っちゃたよ?」
俺たちのやり取りの間に生まれていた俺の腰ぐらいの若木。それに片手を付く男。顔を傾けて、その頭には少し大きめのシルクハットの位置を片手で正している。その表情は帽子と腕に隠れて読み取れない。最も表情が見えてもその感情は読み取り難い奴だが。
「悪い子な君たちにはお仕置きが必要なようだね。大丈夫、おじさんは紳士だから殺しはしないさ」
シルクハットを弄るのをやめて顔を上げるセルツ。その栗鼠はニヒルに笑っているように見えた。
「なんかセルツさん、格好良いね~…」
ルクがボソッと言う。
俺の手のひらに収まるサイズの栗鼠じゃなければな。何と言うか、美味しいところをセルツに持って行かれてしまった。