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魔王の降臨 そして彼女と出逢う

バークス邸。潜入したは良いが拍子抜けだった。オルセン・ハシュカレどころか人っ子一人いない。

しかし、それが異質さを物語る。こんな大きな屋敷に誰も居ない。更には既に日が暮れているのに明かりを灯さない。まだ、良い子が寝る時間だぞ。屋敷全体が静まりかえるには早すぎる。


暗い屋敷の中を歩き回る中で唯一つ床から昇る光を見つける。

そして、その僅かに漏れる光に映し出される床に積まれた数々の血にまみれた人形。おそらくここで生活をしていただろう人間だったもの。


血が沸き立つ。俺は今、怒っているんだ。冷静になれ。怒りで行動すればミスを犯すぞ。


地下へと導く階段。足音を消して降りていく。階段は三十段程、そこまで深くは無い。


行き着いた先にそいつらは居た。まだ魔写真機が開発されていない時に行方不明になった為、未だに手書きの手配書だが、絵師の腕の良さを評価せざるを得ない。オルセン・ハシュカレだ。他に伸びる影で、他に二人の人間がここから確認出来る。


「では、始めます」


女性の高い声。何を始める気だ?


「あぁ、やっとだ。やっとこの世界を変えられる。待っていてください。ニーセ様」


オルセン・ハシュカレの言っていることが分からない。どういうことだ。ニーセさんが関わっていると言うのか?


「チッ、オルセン。ネズミが居るぞ」


しまった。話に聞き入り過ぎた。その男が俺を視界に捉え、その男がカタナを抜くのを確認した俺も抜刀する。

黒髪の黒目、併せてカタナ。カイナ人か?顔には斜めに古傷が入っている。


速い!基礎動作を繰り返すカイナの剣術。大陸式の剣術と違い力と技だけに頼らず、体技を用いた剣術。

その鋭い攻撃には守備に回るしかない。

同じカイナ剣術の俺の師である母上と同等、もしくは母上を越えるかも知れない。


とにかく足場が悪すぎる。段差が俺の足さばきを邪魔する。相手もその段差で攻めきれないが、このままではジリ貧で負ける。


俺がわざとカタナを大きく弾かれる。相手が俺に止めを差そうと僅かに大振りになる。その隙を狙っていた。

相手の足の横を通り部屋へと転がり込んだ。

相手の背中を取る。俺の虚を付いた行動に振り返ったところを横っ腹に一閃。

相手を殺るには少々浅かった。しかし、相手の猛攻を止める一撃を加えた。


自分にも敵にも死角の無い場所に立った。


この地下室は予想より幅が広かった。影と声のみで確認した人数より三人多かった。

中央で何かを胸に抱きながら祈る女性、おそらく魔力を何かの魔具に溜めているのだろう。その背中を守るように立つオルセン・ハシュカレ。

そして、壁際に立つ三人。

シーベルエ人はカイナ人を見たらニンジャと思う偏見があるらしいが、カイナ人の血を半分引く俺ですら、先程の顔傷の男を含めてこいつらがニンジャであると思った。気配の消し方が出来ている。


そして、そのニンジャ共は侵入者である俺を排除しにかかる。

しかし、剣術はお粗末だ。先程殺り合ったニンジャ男に比べて剣速、太刀運び、何に関しても劣っている。その三人が血を流しながら床に倒れるのに大した時間はかからなかった。


俺の後ろに腹を斬られたばかりの顔傷の男が立ち上がり、カタナを振るう。一撃目は避ける。一撃目を利用した切り返し。その鋭い刃をカタナで受ける。急に顔傷が俺から一度距離を取る。


俺の腹部を貫く鎗先。オルセン・ハシュカレは一歩も動いてなく手に持つ鎗の間合いの外だった。俺がその鎗が魔鎗だということを失念していなければ。


「それで、君は何者何だい?」


俺から引き抜かれる鎗。足の力が抜けて地面に倒れ落ちる。このままではカタナを振るえそうに無い。

ここで俺は終わるのか?いや、諦めまい!


「俺の名前は、リセス・ネイスト。あんたの宿敵の息子だ」


気付かれないように魔力を練る。何としても話を伸ばす。腰のセレミスキーに手を伸ばす。


「ネイスト…。貴様、ライシス・ネイストの息子か!」


七つのセレミスキー。今は、確認している暇も気力も無い。どの世界の鍵かは賭けだ。頼むからフィフレかクーレであってくれ。


「貴様の親父は俺の一番嫌いな人間だったよ。今は、ジンサ・レッドラートが一番嫌いだがね。あのクソ男は俺のニーセ様を!」


ジンさんをクソ男呼ばわりとは随分人を見る目が無いことだ。

こんなことを考えるとは、思考能力が落ちて来ているようだ。


「まぁ良い。それも今日で終わりだ。この世界は変わる。魔王の降臨だ。クレサイダのようなミスはやらない。ヘブヘルから最強で凶悪なる者を喚ぶ。君も見ていくが良い。ライシス・ネイストが如何に無駄な時間稼ぎをしただけだったかを!」


そんな馬鹿な話があるか!セレミスキーを用いずにヘブヘルに繋げられる筈は無い。


しかし、その定説は打ち破られる。祈り続けていた女性の前に現れた召喚門。


門が開くと同時に召喚された青年。外見はこの世界の人間に似ている。大きな違いは赤毛に赤い瞳と言うこの世界ではまず見ない髪と目、背中から生える漆黒の羽が有る。


「ここは異界なのか?我は召喚されたということか?」


すでに何日も着替えて無いような服装。髭の手入れもしてないだろう顔。しかし、その風貌とは異なる何かの脅威をこの男は持っていた。


「私の名はオルセン・ハシュカレです。ここはクーレ。陛下にこの世界を支配して頂きたくお喚び申し立てました。対価として私は貴方様にこの世界を捧げます」


オルセン・ハシュカレが頭を下げる。

その青年はその言葉を聞き笑った。


「あの魔王に負け、牢に幽閉されたこの我が陛下とはな。面白い。まずはこの世界を落としてみるとしよう。フフフ、久しぶりに暴れられるな」


危険だ。こいつらを何とか止めなければいけない。世界が危ない。

悔しい。俺にこいつらを止める手が無いことが。父上のような強さがあれば…。


だから、父上から受け継いだこのセレミスキーに最後の希望を託す。


どうか、対価は身体の一部だろうが命だろうが何でも良い。この世界の為にアイツを倒せる奴を喚んでくれ!

腕に力を込める。俺の真横に召喚門が出現する。


「何、貴様セレミスキーを持っていたのか!」


気付くのが遅いな。すでに門は開く。

出てこい。この世界を救う救世主。


「私、もしかして君に召喚されちゃた?」


まだ成長途中だろう女性の声が響く。俺を見つめる赤い瞳。華奢な体つきに白い翼がゆっくり上下している。愛くるしく笑う笑顔が戦いを知らない子供に見える。歳は俺と同じぐらいか?


失敗したのか?いや、人を外見で判断してはいけない。これでも凄い戦闘能力を持っているのかも知れない。腰に帯剣している。凄い剣士かもしれない。


「どうして、今喚んだの?」


とても悲しそうな目で俺を見てくる。その彼女の悲痛な瞳に俺は罪悪感を覚える。


「すまない。手を貸してくれ!」


そして、頷くと彼女は手を俺の腹部に当てる。傷が塞がる。速い。この世界の医術士ではこんなに速い治療は無理だ。こいつ、凄い医術士だ。同じくらい高度な魔法を扱えるのかもしれない。

直ぐに立ち上がりカタナを向ける。敵はこの被召喚者を黙って観察していてくれたようだ。


「フォローを頼む」


「うん…」


とても元気の無い彼女を横目で見る。もしかしたら、この少女には、いきなり異世界に喚ばれて戦えは酷なのかもしれない。

しかし、今はそんな同情を懸けてはいられない。


何かとても辛いのだろう彼女が顔を俯き加減に今にも泣きそうに眼を潤めて俺に向かって言った。


「夕ご飯の前だったのにィ~。仕事が終わって、やっと楽しみにしてた夕ご飯だったのにィ~。何で今なの~?」


彼女のお腹の虫が騒ぐ。


俺は召喚する相手と時間をとても間違えてしまったらしい。

物語の中核を担うヒロインが格好良く登場、とはさせません。


それが天見酒クオリティです。


腹が減るって生きてる中で一番の苦行ですよね。

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