男達の夜
長い一日だった。余りにも喋らないルクが俺の不安を掻き立てられて、元より会話術の劣る俺は為す術無し。イルサもルクの無言病に感染し、イルサの肩上で場を盛り上げようと努力するセルツ虚しく、俺達は葬式参拝のごとき行進を続ける。
そんな雰囲気など御構い無く、涼しげな態度で歩くクレサイダが一段と憎たらしい。
そんな長ったらしい太陽の活動がもうすぐ一時停止になる前に、セルツ臨時指揮官により野営命令が発令された。
「では、おじさんは寝床を造るとしますよ」
イルサの肩から降りて、地面から木の実を拾うセルツ。何だ、それはお前の晩飯か?
違った。この小さき栗鼠は幾年もの歳月を短縮した。セルツが大地に置いた木の実は発芽し、緑の芽は伸び続けて茶色の幹が出来る。枝は伸び、葉が繁る。俺達を見下ろす大木が出来る上がるのに時間は掛からなかった。
この急成長した木に手を触れてセルツは言う。
「失礼するよ」
出来立ての大木に優しく手を触れるセルツ。地面が揺れた。何事だと考える暇も無い。土を破って現れた無数の根。一本一本を糸を寄り会わせるように幾重にも紡がれ小さなドームが出来る。入り口には根で出来た垂れ幕まで付いている仕事ぶりだ。その作業を終えたセルツは、帽子の位置を直しながら、呆然としていた俺達を振り返った。
「ある程度の雨風はこれで防げるさ。お嬢ちゃん達はこの菜かで寝なさい」
「凄い!セルツさん、ありがとう」
「どうやったら、そんな魔法を使えるの~?」
「ハッハッハ、おじさんは樹を司る精霊セルツテインなのだよ。これぐらいお茶の子さいさいなのさ!」
調子付くセルツだが、今回は好きなだけ付かさせてやろう。
日が暮れ、腹が満たされれば眠くなる。俺では無くイルサの単純思考を基に置く生活体系の話だ。いそいそと寝床へ向かう健康的なイルサ。いや、あいつはお子様なだけか?
「ルクも寝たらどうだ?」
「うーん。私、ここで寝た方が良くないかなー?ほら、危険が迫っても直ぐに分かるし」
「ハハハ、このフィフレにいきなり寝込みを襲ってくる輩は居ないさ。ルク嬢も安心して寝なさい」
セルツに言われて、すごすごと即席木造建築物へ引っ込むルク。
「何なのさ、あいつは?姫とは一緒に居たく無いって言うのかい」
「クレサイダ、声が大きいぞ。ルクだって考える事があるんだろ」
クレサイダが、君は甘いね、と言ってくるが聞き流しておこう。自身でも分かっているつもりだ。
「で、彼女は一体何がしたいの?無理に僕たちに同行する必要は無かったんじゃ無いの?勝手に機嫌を悪くして迷惑だよ」
「何故、俺に聞く?本人に聞いたらどうだ」
「だって、君達付き合い長いんでしょ?」
俺とルクは確かに赤ん坊からの親ぐるみの付き合いだがな。
「俺はトーテス、ルクはシーベルエンス育ちだ。そこまで、あいつと長い時間を過ごした訳では無い」
少し喧嘩腰な物言いをしてしまった。
たまに遊びに来る遠い親戚みたいなものだ。況してや、ルクの複雑怪奇な不可思議思考を分析出来る人物が居ると言うのだろうか。とにかく、ルクについて悪く言われるのはいい気分はしない。だからこの話はもうお仕舞いだ。
この俺の意図を組んでかセルツが話題を変える。
「ホォ~、リセス坊はトーテス出身か?おじさんは昔行った事が有るんだよ。あそこはガンデアにも劣らず寒い街だったね」
そう言えば、セルツはクーレに召喚された事があると言っていたな。どうでも良いが俺は坊主扱いなのか?
「いやぁ~、今考えるとクーレも中々良かったよ。美人が多いしね。何を隠そう、おじさんの召喚者も美女だったのだよ」
陛下が聞いたら喜ぶお褒めの言葉だな。そして、最後の自慢はどうでも良い話だ。どうでも良い話だが、話題が無いよりは有った方が良い。
「セルツはクーレに いつ頃行ったんだ?」
俺の質問にセルツは返答に困る。もしかしてタブーを聞いてしまったのか?
「もう何年も前の事さ。忘れてしまったよ」
さらりとそれだけを言うセルツ。クーレで嫌な目に合ったのだろうか。深く突っ込んではいけない事。とは一概に言えない表情だった、セルツは。何か、忘れ去った思い出を振り返るように夜空を仰いでいる。この小さき栗鼠はクーレで何を見たのだろうか。
「リセス坊はもう寝なさい。おじさんやクレサイダ君は魔力構成体だから寝る必要は無いけど、君はそうはいかないだろう」
「火の番をよろしくお願いします」
ここはセルツの指図に従うべきだろう。無理に睡眠へと入ろうとすれば、俺は案外疲れていたことを知る。直ぐに夢の中に誘われた。
だから、寝耳に聞こえたセルツの言葉が現実なのか、夢の中のものなのかは、判別が付かないし、明日には忘れていることだろう。
「さて、久しぶりだね。クレサイダ君」
俺はこの言葉の意味を深く考えられる状態では無かった。
伏線を張ったつもりです。
この伏線を生かせる日は来るのだろうか?