世界を旅立つ
昨日の雨の恩恵で朝日に輝くシーベルエ城練兵所に立つ男。その横には寝惚け眼のイルサが立っている。
「遅いよ、リセス」
遅れたつもりは無いのだが、イルサを叩き起こしていただろうクレサイダよりも遅かったという事は遅れたのだろうな。
そして見送りに来た人達。
「リセス、しっかりな」
「はい!」
俺をシーベルエンスの騎士団に送り出した時と同じ事を言う母上。淡白な言葉とは異なりその表情には憂いを帯びている。これもあの時と同じだ。気が引き締まる思いだ。
「まぁ、ユキミ君は僕がしっかり守るから心配しなくて良いよ」
「おい、国王!てめえ、人の女房に手を出すつもりか!ユキには俺が居るから良いの!」
国王と父上の喧嘩に気が緩む思いだ。
「リセス、クレサイダ、イルサちゃん、気をつけて行くんだよ。無事を祈るよ」
「君に無事を祈られることになるとはね」
クレサイダ、あの大勇者アレン・レイフォートに健闘を祈られるなんて光栄の極みだぞ。素直に受け取れ。
「じゃあ、リセス。セレミスキーを出してよ」
いよいよか。俺はいよいよ旅立つんだ。心地好い緊張感と高揚感に支配されながらセレミスキーをクレサイダに渡す。クレサイダがそれを掲げた時に心臓は過重労働を始める。
「待ってェ~!私も行くぅ~!」
小悪魔によりお預けを喰らった。忌々しい奴だ。
「昨日お前は留守番と決まっただろう。第一、ジンさんが許さない」
「フフフ、昨晩、魔話器越しにお母様にお父様を説得して貰っちゃたのだぁ」
ニーセさんもルクを甘やかし過ぎだ。
そして娘に弱ければ、妻にも弱いシーベルエ騎士団総長。
「リセス、ルクを頼むぞ」
ルクと現れたその人は視線で俺に声を出さずに語りかけてくる。怪我をさせるな。手を出すな、出させるなと…。いつも不機嫌そうな顔をしているが、今日は本当に不機嫌のようだ。
「わぁー、ルクちゃん。やっぱり来てくれるんだ!」
お前は昨日はルクを連れて行く危険性を理解していただろう。心底嬉しそうなイルサ。ルクに抱き着く。ルクもその一番の歓迎者に嬉しそうに身を寄せる。いつの間にそんなに仲良くなっているんだ。
「僕は連れて行きたく無いんだけど?足手まといはリセスだけで十分だよ」
よし、今だけはお前ととても仲良くなれそうだ。押し切れ、クレサイダ。
「あれェー?クレちゃん、そんな事言って良いのかなぁ~」
「クレちゃんってねえ。君、僕をバカにしてる?」
違うぞ。気をつけろクレサイダ。このルクの純粋に見える笑みは相手の心を言葉で痛める為のものだ。
ルクがニーセさんとお揃いの内ポケットから出す切り札。
「これなぁ~んだ?」
俺はそのルクの朝日を反射する切り札を見て直ぐにジンさんを見た。何故、世界の欠片をルクに持たせたのかと言う想いのたけを眼に込めて。
「そろそろ譲る時期だった」
言い訳を吐くジンさん。
全くこのムッツリ親バカは!
「良いのかな~?これと私が居れば、カイムと世界の欠片を簡単に見つけられるよ~?このルクちゃんが、クレちゃんに協力してあげようと思ったんだけどな~?」
「ウワァ、ルクちゃん。ありがとう!すごく心強いよ。クレサイダ、ルクちゃんと行こうよ!」
妄言だ。クレサイダ、お気楽魔王のように騙されるな。
「…準備は良いのかい?」
「何時でもOKだよ~」
イルサとハイタッチをするルクに不機嫌そうな声で聞くクレサイダ。最終防衛戦は軽々と陥落した。
「良いよね、リセ君?」
「俺の反対は通じるのか?」
通じるならするがな。敗北者を更にいたぶる気か。
「それじゃあ、今度こそ行くよ」
クレサイダが開く異界の門。
まず、クレサイダが戸惑い無く扉へと消える。
イルサも一礼して消える。
「じゃあ、お父様、行って来るね~」
ルクに先を越されてしまった。そのルクの背中に向けたジンさんの気を付けろは虚しく響いた。
「では、俺も行かせてもらいます」
見送りに来てくれた人達に頭を下げる。
「まぁ、楽しそうなメンバーで良かったな。頑張れよ」
父上の他人事な発言だ。確かに俺が他のメンバー達の分も頑張らなくてはならないな。
全く愉快なメンバーだ。聖女様の姿だけを継いだ性悪女に、主人以外に毒舌な悪玉従者、極め付きの能天気大食らい魔王様。
そして、旅立ちの扉を潜る。俺はこの仲間とこの世界から消えた。
やっと、序章が終わりました。終わりましたとも。しかし、ここからが本番です。
天見酒も主人公リセス共に気を引き締めてかからんとな。