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シチュボ声優彼氏と男前彼女のお話。

作者: 音子ひなた
掲載日:2026/03/27

「──ほら、こっちむいて、ちゅー、しよう?」


 やさしく、少しやらしくゆったりと語り掛けられる言葉に顔が熱くなる。ちゅ、と耳元で音がしてびくりと肩が跳ねた。


「だれの聞いてるの……?」

「うわっ、……おかえり、あおくん」

「ただいま、ひかりちゃん」


 むすりと拗ねた顔をしたあおくんが、外したばかりのイヤホンを私の手から奪う。慌てて自分のスマホのほうを操作して音声を止めたものの、間に合わなかったらしくてあおくんはまた低い声を出した。


「なんで俺のばっかり聞くかなぁ」

「他の人の聞くより良くない?」

「他の人の聞いてたら浮気です」

「ふふっ声だけなのに?」


 あおくんは女性向けのASMRをメインに活動している声優さんで、今は月に何本も出るほどお仕事をしている。

 私はもともとそういうのに疎かったけど、あおくんと知り合って初めて聞いてみて、音だけで成り立つ世界観が面白くてハマってしまった。今やあおくんのはすべて揃えてしまったくらい。


「だって、こういうのって基本恋人設定でしょ」

「まあそうだね」

「じゃあ浮気じゃん!」

「えぇ?」


 むすーっと拗ねた顔をする姿からは、さっきまで聞いてたかっこいいキャラクターを想像できない。でも、これが私のよく知るあおくんだ。むしろ女の子を可愛がって、ちょっといじわるして、みたいなやつのほうが珍しいなぁって思って聞いちゃってるところもあるし。

 だから正直、他の人の音声を聞いてもあまり集中できなかったりする。あおくんの声だからこそ「こんな声も出すんだ」とか「こういうセリフ、普段は絶対言わないなぁ」とか考えながら聞ける。


「……というか、ひかりちゃんはさ、」

「うん?」

「俺がこういうのしてて、妬かないの?」


 先ほど彼が言ったように、こういう音声作品はすべて恋人や、それに近い関係性であることが多い。時には性表現が入ることだってあるし、それに対して嫉妬しないのか、ってことだろう。


「妬かないなぁ」


 へにょりと眉を下げたあおくんには申し訳ないけども、本当に嫉妬心なんてないんだよね。

 最初に聞いたきっかけは確かに、ちょっとした嫉妬心だった。私以外の女の子にどんな甘い声を聞かせてるのかなって。

 ただ実際聞いてみたらしっかり「お仕事」で、その上で聞いている人たちもときめいてて。こういうふうに人を楽しませられるの素敵だなぁなんて思っちゃって。


──それに。


「私だけのあおくんのこと、知ってるもん」


 すぐにこうやって拗ねて、凹んで、私の言葉に赤くなっちゃって。そういうかわいいところも知ってるから。


「〜っずるいなぁ」

「ときめいた?」

「ときめきました!」


 あーあ、仕事であんなにも知ってるはずなのに。なんで肝心な時に出ないんだろ。

 そうやってまた凹んでる姿を見て笑ってしまう。あおくんのそういうところが好きって思ってるのに、きっと気づいてないんだろうなぁ。


「あおくん、おいで」


 腕を広げてやれば飛び込んでくるのに、やっぱりかわいいなぁと笑ってしまう。ちょっと掠れた、低めの声のせいかクールなキャラや俺様系を演じていることが多いけど、実際はこんなにもかわいい人なのを知ってるのは私だけ。その事実だけで嫉妬心なんてどっかにいってしまう。


「ひかりちゃん」

「ん?」

「こっちむいて、」


 ちゅー、しよう。

 さっきまで聞いていたセリフをなぞりながら言うから、今度は私のほうが拗ねてしまう。そういうカッコよく決めた声は、あまり好きじゃない。その他大勢に向けるのと同じだから。

 あおくんはふふ、と楽しそうに笑って口付けてくる。楽しそうでなによりですよ。ふーんだ。


「ひかりちゃんはこーいうの喜ばないねえ」

「だってさっきまで聞いてたのはべつだもん」

「うん、知ってる。ね、もう一回していい?」

「……いいよ」


 ありがと。低く囁いた言葉にまた肩が跳ねる。

 あおくんの声に惚れたわけじゃないのに、色々聞いてたら弱くなってしまった気がして悔しい。


「ふふ、かわい」


 向けられる甘ったるいほど蕩けた視線に、これは私だけのものだと思いながら今度は私からキスをした。

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