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Chapter 4 - What Remains After

それからの数日は、静かだった。 それだけで、どこか奇妙だった。


カエリスは、何事もなかったかのように補給処での仕事を続けていた。 運ばれてくる木箱。記録される数字。機械的な一貫性を持って、台帳は埋まり、そしてまた白に戻っていく。 フェラは予定を調整し、配送先を振り分け、遅延は不可避だと主張する運び屋たちと議論を戦わせていた。


街は喧騒に包まれていたが――どこか、焦点が定まっていない。


広場で行方不明になった子供のことは、半日もすれば人々の噂から消えていた。翌朝には、その話は別の形に書き換えられている。「衛兵が見つけたらしい」と言う者もいれば、「ギルドが介入した」と言い張る者もいる。夕暮れ時になれば、それは毒にも薬にもならない単なる逸話へと成り下がっていた。


誰も、名前を口にしない。 誰も、その「距離」に触れない。 そうやって、街は自らを防衛するのだ。


それに最初に気づいたのは、フェラだった。 「ねえ、気づいてる?」 荷物に印を付けながら、彼女が言った。 「人って、誰かのせいにできれば安心するのよね。たとえそれが、間違いだとしても」


カエリスは彼女を見ることなく、重さを量って木箱を積み上げた。 「『責める相手』は形を与える。……正確さとは無関係に」 「……嫌になるくらい、納得しちゃうわね」 彼女は小さく鼻を鳴らした。


その後、二人は口を利かずに作業を続けた。緊張があるわけではない。ただ、呼吸が揃っていた。


外では、喧騒を切り裂くように怒鳴り声が響いた。鋭い言い争いだが、エスカレートする前に途絶える。フェラが一度、手を止めて耳を澄ませた。 「今日で三人目よ」 カエリスもまた、耳を傾ける。言葉そのものではなく、その「頻度」に。


「……街が、代償を払っているわ」 ルネッサが囁いた。 「何に対してだ?」 カエリスが問う。 「街がまだ、自覚していない『何か』に対してよ」


その答えは、急ぐことなく空気に溶けた。


その日の夕方、カエリスはいつもより遠回りをして自室へと向かった。 通りは以前より窮屈に感じられた。混んでいるわけではない。ただ、抑制されている。衛兵が通り過ぎると会話が止まり、扉は必要以上に早く閉ざされる。


何も起きていない。 それこそが、問題だった。


夜が降りる頃、部屋に辿り着く。壁越しに伝わる街の喧騒は、以前よりも薄く、そして不揃いだった。 何かが形成されつつある。 より遅く。 より静かに。


翌朝になっても、その緊張感は居座り続けていた。 配送は早すぎたり、遅すぎたりした。何ひとつ噛み合わない。補給処で、フェラは本来機能するはずの予定表を前に眉を寄せた。


「全部、ズレてるわ。壊れてるんじゃない。ただ……おかしいの」 「干渉を受けているようだな」と、カエリス。 「あるいは、パニックの兆候か」 「おそらく、その両方だ」


彼女はこめかみを指で押さえた。「憶測が飛び交い始めるのが、一番厄介なのよ」


昼過ぎ、その噂は向こうから勝手にやってきた。 旧貯蔵庫の近くで、倉庫作業員が二人姿を消したという。 襲われたわけではない。 見つかったわけでもない。 ただ、消えたのだ。


「今週で二組目よ」 フェラが鋭い声を出した。 カエリスは、必要以上に慎重な手つきで木箱を置いた。


「……街が、法則性を無視しているわ」 ルネッサが観察するように言った。 「そして、失敗している」 カエリスが応じる。


フェラは台帳を閉じた。 「あのエリアには、もう誰も送らないわ。反発されるでしょうけど」 「いつものことだ」 彼女はカエリスの目を見た。「あんたも、行っちゃダメよ」 「そのつもりはない」


フェラの肩の力が、わずかに抜けた。


その日の夕刻。陽が低く傾く頃、カエリスは貯蔵庫の脇を通りかかった。 衛兵も、作業員もいない。日常があるべき場所に、ただ空虚な空間が広がっていた。 彼は足を止めなかった。 まだ、その時ではない。


翌朝になると、その「法則」はもはや隠れようともしなかった。 配送は理由もなく消失し、衛兵の交代要員は現れない。貯蔵庫の一角は、夜明けから手付かずのまま放置されていた。


街が声を上げるより先に、カエリスは気づいていた。 フェラはいつもより長く事務室の入り口に立ち、通りを見つめていた。 「みんな、あの区画を避け始めてるわ」 「理由は分かっていないはずだが」と、カエリス。 「理由なんて、必要ないのよ」


彼女は扉を閉めた。


昼過ぎ、貯蔵庫の近くに貼り紙が出された。 詳細は記されていない。 ただの、警告。


フェラはそれを凝視した。「遅いわね」 「否定しきれなくなるまで待った結果だろう」 彼女は紙を折り畳み、脇に除けた。 「このまま続けば、誰かがパニックを起こすわ」 「もう始まっているさ」カエリスは言った。「静かにな」


夕闇が近づくにつれ、空気はさらに重さを増していく。 フェラは早めに戸締まりを済ませた。 「嫌な感じだわ」 「妥当な感覚だ」 彼女は躊躇い、そして言った。「……やっぱり、あそこには行かないでね」 「ああ」


彼女は一度だけ頷き、去っていった。


夜が貯蔵庫を広げていた。 昼間の喧騒が消え、かつて動きがあったはずの場所に影が満ちる。 カエリスは境界線に沿って歩いた。中には入らず、街を背にする。


前方に、違和感があった。 音ではない。 動きでもない。 「欠落」だ。


「……気づいたようね」 ルネッサが言った。 「観測されていることに、か?」 「抵抗されていることに、よ。それもまた、観測の一部だわ」


入り口の近くに、粉砕された木箱が転がっていた。血痕はない。争った形跡もない。ただ、方向性のない破壊。


「ここで、人が消えたのね」 「ああ」 カエリスが一歩、歩み寄る。


空気が内側へと圧迫された。歪で、重い。 そこに在るべきではない何かが、留まろうとしているかのように。


「逃げることもできるわよ」 ルネッサが提案した。 「そうするつもりだ」 彼女は言葉を止めた。 「なら、なぜ前に進むの?」 「……ついて来られないようにするためだ」


圧迫感が、不意に消え去った。 薄れたのではない。消失したのだ。


空間が弛緩した。音が適切な距離へと戻る。街は、自らが呼吸を止めていたことにも気づかぬまま、再び呼吸を始めた。


「……それだけ?」 ルネッサが尋ねる。 「ああ」


崩壊も、残滓もない。 もはや、それを維持するものは何も残っていなかった。


カエリスは転がっていた木箱を起こした。木が石に擦れる、ありふれた音がした。 日常の音だった。


翌朝、貯蔵庫は再び空になっていた。 警告の貼り紙はいつの間にか消えていた。作業員たちは最初は恐る恐る、やがて当然のような顔をして戻ってきた。行方不明者たちは「損失」として処理され、帳簿の数字の中に溶けていった。


補給処でも、配送は正常に戻った。 フェラはそれを信じる前に、まず観察した。


「……緊張が、消えたわね」 「ああ」 彼女はカエリスをじっと見つめた。「あんた、何かした?」 「近くにいただけだ」


彼女はその答えを吟味し、やがて頷いた。「……まあ、あんたらしいわね」


二人は仕事に戻った。 街は相変わらず騒がしい。


だが、街が形作ろうとしていた「何か」は、 もうどこにもなかった。

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