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第二章――ありふれた取り決め

朝は、特別な前触れもなく訪れた。

鎧戸の隙間から差し込む光が、細い線となって床に落ち、やがて位置を変えていく。

街はすでに動き出していた。

足音。遠くの呼び声。木と石が触れ合う音。


カエリスは目を開けた。


部屋は何一つ変わっていない。

侵入の形跡も、乱れもない。

この空間は、彼を「一時的な存在」として受け入れていた――それは正確な認識だった。


彼は立ち上がり、衣服を整え、鎧戸を半分ほど開ける。

下の通りはすでに活気づいていたが、切迫感はない。

女が掃き掃除をしている――夕方にはまた元に戻る埃を。

商人は、昨日と変わらぬ品を並べ替えている。


日常は、希望によってではなく、反復によって維持される。


「……最初の丸一日ね」

ルネッサが言った。


「そうだ」


「何か期待は?」


「ない」


彼女は小さく鼻歌を鳴らした。

賛同とも疑念とも結びつかない、ただの気まぐれな音。


カエリスは外へ出た。

背後で扉が閉じる音は、決別を示すようでいて、何かを誓わせるものではない。

通りの喧騒は、彼を昔からの住人だと決めつけるように迎え入れた。


目的地はない。

ただ、歩く。


街はそれに応じて選択肢を差し出す。

労働者が手を振り、無色の立ち位置を「空いている」と誤解する。

商人が、交渉可能な値段を叫ぶ。

衛兵の一組が一度だけ視線を向け、すぐに「特筆なし」と判断した。


どれも、正しい分類だった。


東の井戸の近くに、補給事務所があった。

鎧戸は開け放たれ、木箱が不揃いに積まれている。

揃っていない机の上には、帳簿が開かれたまま置かれていた。


昨日の女が、中で作業をしていた。


彼女はすぐにカエリスに気づく。


「来たのね」


「通りがかっただけだ」


「だいたい、みんなそう言うわ」

彼女は木箱を滑らせるように所定の位置へ動かす。

「手が一人足りないの。日当は普通。英雄的なことは不要」


「そういうのはやらない」


「それは助かる」

彼女は頷いた。

「名前は?」


「カエリス」


「フェラよ」


強調も、含みもない。

運命ではなく、実務のための識別子の交換。


フェラは木箱を一つ渡す。

「重さ順に積んで。考えすぎなくていい」


カエリスは、その通りにした。


作業には時間がかかった。

そのあいだも、街は周囲で存在し続ける。

何も激化しない。

何も抵抗しない。


外から見れば、始まりに見えただろう。

だが、それは違う。


これは――配置だ。


最初の一時間を過ぎれば、説明は不要だった。

木箱は届き、数えられ、移され、記録される。

想定より軽いものもあれば、重いものもある。

フェラは何も言わずに対応し、慣れた手つきで帳簿に数字を刻んでいく。


カエリスも、そのリズムをなぞった。


会話は必要最小限。

数字。配置。時間。

不足が出ても、フェラは即興で誤魔化さず、記録して先へ進む。

この事務所は、修正よりも継続を重んじていた。


正午、彼女は折りたたまれた紙切れを渡す。

「仮契約。日ごと更新。いつ辞めてもいい。理由は聞かない」


彼は迷わず署名した。


「支払いは日没時。食事は……状況次第ね」


「問題ない」


フェラは満足そうに頷き、帳簿へ戻った。


外では街が騒がしいままだった。

中では、その音が工程へと均されていく。

仕事は境界を作る――隔離ではなく、定義を。


「……パターンを作っているわね」

ルネッサが言う。


「可逆的なものだ」


「それが一番珍しいのよ」


フェラは一度だけ手を止め、積み上げた箱を眺めた。

何かがずれているかのように。

彼女は一つの箱を指一本分だけ動かし、再び書き始める。


「物事がうまく回ってるとき、人は気づかない」

顔を上げずに言った。


「気づくのは、壊れたときだ」


彼女はかすかに笑った。

同意ではない。理解だ。


日が傾くと、フェラは帳簿を閉じ、硬貨を正確に手のひらへ数えた。

儀式はない。


「明日も来る?」


「まだここにいれば」


「それでいい」


義務を背負うことなく、カエリスは通りへ戻る。

この取り決めは、どちらも永続を求めないからこそ成立していた。


街は相変わらず騒がしい。


少なくともここでは、重要であれと迫られることはない。


夕方は、街を単純にする。

店は一斉ではなく、段階的に閉まる。

声が低くなるのは警戒からではなく、疲労からだ。

人々は理由を問わぬ場所へ帰っていく。


カエリスは遠回りをした。


再び井戸の広場を通る。

小さなランタンが灯っていた――必要性よりも習慣によって。

男が石のベンチに腰掛け、靴を脱ぎ、何も見ていない目で虚空を眺めている。


カエリスは、関わらずに通り過ぎた。


部屋は、変わらぬ静けさで迎え入れる。

扉を閉め、硬貨を机に置く。

数えない――金額はすでに正しい。


窓辺に座り、鎧戸をわずかに開けて音だけを通す。

街の喧騒は層になって薄まっていた。

遠くの笑い声。犬の吠え声。夜のために片づけられる鉄の音。


「……この辺で、だいたいの人は欲張り始める」

ルネッサが言う。


「何を?」


「意味とか、方向とか、続ける理由とか」


カエリスは壁にもたれた。

「続けるのに理由はいらない」


「そう」

彼女は言った。

「だから、うまくいくのよ」


時間は、測られずに過ぎていく。


別の建物から、短い口論が聞こえた。

結論も、余波もなく終わる。

窓が閉まり、沈黙が貸していた空間を回収する。


カエリスは目を閉じた。


明日は来るかもしれない。

来ないかもしれない。

どちらでも、対処は可能だ。


取り決めは、保たれている。


朝は、再び新奇さなく戻ってきた。


カエリスは起き、着替え、昨日と同じように部屋を出る。

街は同じ無関心で彼を受け入れた。

注目を要するほどの変化はない。


補給事務所では、すでにフェラがいた。

帳簿は開かれ、木箱は置かれたまま待っている。


「早いわね」


「習慣だ」


彼女はそれを受け入れ、何も言わず木箱を渡す。


仕事は変わらず進む。

中断も、修正もない。

リズムは、補強されることなく定着していった。


正午、フェラは必要以上に手を止めた。

帳簿を閉じ、一度だけ、整った呼吸で息を吐く。


「これは長くは続かない」


カエリスは顔を上げない。

「そうだな」


彼女は頷いた。失望はない。

「長く続くものは、だいたい腐る」


二人は作業に戻った。


日が傾くと、フェラは再び正確に支払った。

儀式も、機能以上のやり取りもない。


食事の誘いを、カエリスは説明なく断る。

夜が完全に降りる前に去り、街の音が背景の質感へ溶けるまで歩いた。


部屋で、彼はベッドの端に腰掛け、特に何も考えない。


日課は形を成した。

だが、彼を縛りはしなかった。


それで、十分だった。

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