伽藍の侵入と腐敗した剣士
トラン・フォンは石門の陰に身を潜め、伽藍の内部へ注意深く入った。朽ち果てた寺院の庭園は、雑草と瓦礫に覆われ、夜の闇にその巨大な影を横たえている。冷たい風が石仏の欠けた顔を撫で、不気味な口笛のような音を立てていた。
「静かだ。静かすぎる」フォンは剣の柄に手を置き、呼吸を整えた。彼の血の気は警戒心として全身に薄く纏わりつき、周囲の邪気と古い血の匂いを濾過している。
「都の貴族どもの用心棒なら、もっと騒々しいかと思ったがな」黒舌が喉を鳴らした。「まさか、寝ているうちに斬れというのか?」
「寝込みを襲うのは邪道だ。だが、この血塗られた氏族の地を荒らす奴らに、礼儀は不要だ」
フォンは低い姿勢で、廃墟となった本堂の影を進んだ。伽藍の至る所に、光悦卿の**「三つ巴」**の紋章が刻まれた粗末な目印が残されている。彼らは、何か特定のものを探しているのだ。
最初に見つけた敵は、門から最も近い見張り台に立つ二人の侍だった。彼らは退屈そうに油断し、低く愚痴を言い合っている。
フォンは音を立てずに柱を蹴り上げ、闇に紛れたまま侍たちの背後に着地した。
シュッ、ズブリ。
血の剣は、彼らが息を吸うよりも早く、その喉を両断した。一瞬の閃光と、地面に崩れ落ちる二つの体。血は噴き出さず、フォンは無音で彼らを闇へと送り返した。
「相変わらず手際がいい。だが、まるで闇に潜む獣のようだぞ、フォン」黒舌は満足そうに言った。
フォンは侍たちの懐を探ったが、ただの給金と酒の匂いしかしなかった。
彼は次に、伽藍の地下へと続く階段の近くで、一際強い殺気を放つ男に遭遇した。その男——源蔵と名乗る、光悦卿配下の剣士は、鋭い眼光で周囲を警戒している。
「誰だ!そこにいるのは分かっているぞ。鬼狩りか?それとも、あの穢れた血族の生き残りか?」源蔵は、鞘から刀を一寸抜き、金属音を響かせた。
フォンは隠れるのをやめ、影から姿を現した。「通りすがりの厄介払い屋だ。お前たちの腐った主の依頼を受けに来た」
「フン、血剣トラン・フォンか。噂は聞いている。貴様は金のために貴様と同じ血族を狩る、卑怯な裏切り者だと」源蔵は嘲笑した。
その言葉を聞いた瞬間、フォンは激しい怒りに襲われた。そして、**悲感**が発動する。源蔵の過去の記憶——彼は、光悦卿の命令で、力を持たない蒼血の氏族の老人や子供たちを、面白半分に斬り殺してきたのだ。その残虐な喜びの感情が、フォンの心臓を焼き尽くした。
「貴様のような腐った人間が、血を語るな…!」
フォンは怒りに任せ、血の気を最大に解放した。赤いオーラが彼の全身を包み込み、石畳に影を落とす。
源蔵は怯まず、刀を抜き放った。「その血の力が、貴様の墓穴を掘る!光悦卿は、貴様らの血に流れる力を、この伽藍で見つけ出すのだ!」
両者の剣が激突した。*キィン!*と凄まじい火花が散る。源蔵の剣筋は洗練されているが、フォンは怒りと血の気の力でそれを凌駕した。
血剣の型・弐:砕岩!
フォンは全力で源蔵の刀を受け止め、そのまま打ち砕いた。源蔵の刀が砕け散ると同時に、フォンは間髪入れず、黒舌を源蔵の胸に突き立てた。
「貴様の主は、何を求めている?」フォンは低い声で尋ねた。
源蔵は血を吐きながら、嘲笑した。「…光悦卿は…『祖の巻物』を…見つけ出す…」
フォンが剣を引き抜くと、源蔵は崩れ落ちた。フォンは源蔵の遺体から、簡素だが詳しい**隠し地図と、光悦卿の記した帳簿を見つけ出した。帳簿には、伽藍の地下に、「蒼血の祖の巻物」**というものが隠されていることが記されていた。
その時、フォンが源蔵を斬り伏せた剣戟の音が、静寂な伽藍の闇に響き渡った。
「騒ぎを聞きつけたぞ!敵襲だ!」
遠くから、複数の足音と怒鳴り声が聞こえてきた。
「マズいぞ、フォン。すぐに逃げろ!」黒舌が警告する。
フォンは帳簿を懐にしまい、顔を引き締めた。
「巻物か。…これが、この血脈の呪いの真実か」
彼は追っ手をかわすように、光悦卿の狙う場所——伽藍の深部へと続く、冷たい地下への階段へと、一目散に駆け下りていった。




