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夜鬼伝  作者: Lam123
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腐敗の屋敷と怨嗟の影

トラン・フォンは、地図が示す屋敷の門をくぐった。外の喧騒が嘘のように静まり返った敷地内は、手入れが行き届いた庭園が広がっているものの、そこに漂う空気は異様に冷たく、まるで墓場のように重苦しい。

門を越えるとすぐに、依頼主である光悦こうえつ卿が、侍従を連れてフォンを出迎えた。光悦卿は恰幅かっぷくの良い体格だが、顔色は青白く、常に震える手を揉んでいる。その絹の衣装と、瞳に宿る怯えが、彼の階級と臆病さを物語っていた。

「貴様が…血剣のトラン・フォンか。実に薄汚いな」光悦卿は鼻を鳴らし、嫌悪を隠そうともしない。「だが、構わぬ。百貫の金を支払う。あの厄介者を、二度と我々の前に現れぬよう、滅してくれ」

「厄介者?」フォンは静かに問い返した。「愛妾の怨霊だと聞いたが、彼女の名は?」

「どうでもよかろう。女は使えなくなれば捨てるものだ。名など、埃に等しい」光悦卿は唾棄するように言った。「とにかく、この館の奥座敷だ。奴は夜な夜な現れ、私の家族の精神を蝕んでいる。早く済ませろ!」

フォンは剣の柄を握りしめた。貴族の傲慢さは、薄汚れた村人の恐怖よりもよほど胸糞悪い。

「報酬は百貫。命を懸けた価値があることを祈りますよ、光悦卿」

屋敷の中は、外見の豪華さとは裏腹に、生気がない。壁には高価な絵画が飾られているが、そこかしこに黒いシミのようなものが浮かび、廊下を歩くたびに、フォンは冷たい水の中にいるような感覚に襲われた。

「こんな場所で生活している方が、鬼に取り憑かれるよりも地獄だ」フォンは心の中で呟いた。

「同感だ。俺も早くこんな腐った場所から出たい」黒舌クロベロが応じた。

目的の奥座敷に近づいた瞬間、フォンは激しい**悲感ヒカン**に襲われた。まるで、千本の針で心臓を刺されるような痛みだ。

——違う!殺さないで!お願い、あなたの子を身ごもっているのよ!

フォンの視界がねじ曲がり、光悦卿の冷酷な顔が目の前に迫る。彼は愛妾を蹴り倒し、無慈悲に殺害する光景を追体験した。それは、欲望と保身のためだけに、弱い人間が殺される、醜悪な人間の業だった。

フォンはその場で膝をつきかけた。

「どうした、血剣?たかが怨霊の気配に怯えているのか?」光悦卿は嘲笑した。

「うるさい!」フォンは低い声で呻き、立ち上がった。彼の目は、憎悪を込めて光悦卿を睨みつけた。

「貴様は…クソ野郎だ」

その言葉が引き金となった。

部屋の奥から、空気を凍らせるような冷気が噴き出した。高価な調度品がカタカタと震え、壁に飾られた鏡が粉々に砕け散る。

黒い霧が渦巻き、その中心に、一人の女の姿が結実した。

彼女は生前の華やかな衣装をまとい、肌は雪のように白く、髪は濡れた漆黒。しかし、その顔は涙の跡で歪み、虚ろな目からは、この世のすべての愛と憎しみを凝縮したような、純粋な**怨嗟えんさ**のオーラを放っている。

「光悦…貴様だけは許さない」

怨霊は静かに、しかし地獄の底から響くような声で囁いた。彼女の怨念は、フォンがこれまでに遭遇したどんな悪霊よりも濃密で、そして悲しかった。

フォンは剣を抜いた。赤い血の気がその刃を包む。

「悪いな、愛妾さんよ」フォンは悲哀を込めて、だが断固として言った。「俺は貴様の敵ではない。だが、この依頼、受けちまったんでな…」

これは、人間に裏切られ、鬼と化した者同士の、避けられない闘争だった。

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