腐敗の屋敷と怨嗟の影
トラン・フォンは、地図が示す屋敷の門をくぐった。外の喧騒が嘘のように静まり返った敷地内は、手入れが行き届いた庭園が広がっているものの、そこに漂う空気は異様に冷たく、まるで墓場のように重苦しい。
門を越えるとすぐに、依頼主である光悦卿が、侍従を連れてフォンを出迎えた。光悦卿は恰幅の良い体格だが、顔色は青白く、常に震える手を揉んでいる。その絹の衣装と、瞳に宿る怯えが、彼の階級と臆病さを物語っていた。
「貴様が…血剣のトラン・フォンか。実に薄汚いな」光悦卿は鼻を鳴らし、嫌悪を隠そうともしない。「だが、構わぬ。百貫の金を支払う。あの厄介者を、二度と我々の前に現れぬよう、滅してくれ」
「厄介者?」フォンは静かに問い返した。「愛妾の怨霊だと聞いたが、彼女の名は?」
「どうでもよかろう。女は使えなくなれば捨てるものだ。名など、埃に等しい」光悦卿は唾棄するように言った。「とにかく、この館の奥座敷だ。奴は夜な夜な現れ、私の家族の精神を蝕んでいる。早く済ませろ!」
フォンは剣の柄を握りしめた。貴族の傲慢さは、薄汚れた村人の恐怖よりもよほど胸糞悪い。
「報酬は百貫。命を懸けた価値があることを祈りますよ、光悦卿」
屋敷の中は、外見の豪華さとは裏腹に、生気がない。壁には高価な絵画が飾られているが、そこかしこに黒いシミのようなものが浮かび、廊下を歩くたびに、フォンは冷たい水の中にいるような感覚に襲われた。
「こんな場所で生活している方が、鬼に取り憑かれるよりも地獄だ」フォンは心の中で呟いた。
「同感だ。俺も早くこんな腐った場所から出たい」黒舌が応じた。
目的の奥座敷に近づいた瞬間、フォンは激しい**悲感**に襲われた。まるで、千本の針で心臓を刺されるような痛みだ。
——違う!殺さないで!お願い、あなたの子を身ごもっているのよ!
フォンの視界がねじ曲がり、光悦卿の冷酷な顔が目の前に迫る。彼は愛妾を蹴り倒し、無慈悲に殺害する光景を追体験した。それは、欲望と保身のためだけに、弱い人間が殺される、醜悪な人間の業だった。
フォンはその場で膝をつきかけた。
「どうした、血剣?たかが怨霊の気配に怯えているのか?」光悦卿は嘲笑した。
「うるさい!」フォンは低い声で呻き、立ち上がった。彼の目は、憎悪を込めて光悦卿を睨みつけた。
「貴様は…クソ野郎だ」
その言葉が引き金となった。
部屋の奥から、空気を凍らせるような冷気が噴き出した。高価な調度品がカタカタと震え、壁に飾られた鏡が粉々に砕け散る。
黒い霧が渦巻き、その中心に、一人の女の姿が結実した。
彼女は生前の華やかな衣装をまとい、肌は雪のように白く、髪は濡れた漆黒。しかし、その顔は涙の跡で歪み、虚ろな目からは、この世のすべての愛と憎しみを凝縮したような、純粋な**怨嗟**のオーラを放っている。
「光悦…貴様だけは許さない」
怨霊は静かに、しかし地獄の底から響くような声で囁いた。彼女の怨念は、フォンがこれまでに遭遇したどんな悪霊よりも濃密で、そして悲しかった。
フォンは剣を抜いた。赤い血の気がその刃を包む。
「悪いな、愛妾さんよ」フォンは悲哀を込めて、だが断固として言った。「俺は貴様の敵ではない。だが、この依頼、受けちまったんでな…」
これは、人間に裏切られ、鬼と化した者同士の、避けられない闘争だった。




