都の雑踏と血の匂いのする仕事
雨は上がり、空は晴れたが、トラン・フォンの心は晴れなかった。彼は、この国の華やかな中心地である都の門をくぐった。
城壁の内側は、貧しい街道筋の村々とはまるで別世界だ。豪華な装飾を施された大店が立ち並び、絹の衣装をまとった貴族や商人の雑踏が、耳鳴りがするほどの喧騒を生み出している。都の空気は、泥の臭いではなく、濃すぎる香と、隠された悪意の匂いがした。
「まるで別の国だな」フォンは吐き捨てた。五貫の銭は、この都では一瞬で消えることを彼は知っていた。
「やっとまともな場所に来たか」黒舌が嬉しそうに囁いた。「これほどの血と欲望が渦巻いていれば、新鮮な魂の一つや二つ、簡単に見つかるだろうよ。貧しい村の不味いゾンビどもとは違う」
「目的は金と情報だ。欲望に釣られて自ら鬼になるなよ、黒舌」
フォンは人々の視線から逃れるように、大通りから外れた裏路地へと足を踏み入れた。彼が探しているのは、**「血の匂い」**がする場所。つまり、公にはできない危険な依頼が持ち込まれる、裏社会の溜まり場だ。
薄暗い裏通りの奥、ボロボロの暖簾をかけた小さな居酒屋がそれだった。そこは、浪人や訳ありの用心棒たちがたむろする場所——**「闇の仕事場」**だ。
店内に足を踏み入れると、様々な視線がフォンに集中する。彼の背負う黒い剣と、旅慣れた荒々しい雰囲気が、彼を一目でプロの「厄介払い屋」だと示していた。
フォンは一番奥の席に座る、痩せた男を見つけた。男は怯えたように目を泳がせ、豪華な絹の服を着ているにも関わらず、ひどく場違いに見えた。彼は貴族の使いだ。
「厄介払い屋を、探していると聞いたが」フォンは声をかけた。
男はビクリと肩を震わせ、あたりを見回してから低い声で言った。「お…お前さんか?その剣…噂の血剣の使い手ではないだろうな?」
フォンは笑った。「噂の血剣は、今はただの文鎮だ。だが、仕事は完璧にこなす。貴様が依頼するのは、公にできない闇の仕事だろう?」
男は汗を拭い、声を潜めた。「そうだ。高官である我が主の屋敷に…**悪霊**が巣食った。ただの悪霊ではない。女の怨念が、屋敷の人間を次々と狂気に陥れている。しかし、主の名誉に関わるため、役人の手を借りるわけにはいかないのだ」
「ふむ。怨念か」フォンは顎に手をやった。怨念の仕事は、悲感のせいで後味が悪い。
「報酬は?」
「成功すれば百貫。都では破格の額だ。ただし、失敗すれば命はないと思え。悪霊の正体は、主が手をかけた**愛妾**だと言われている」
「愛妾の怨霊…」フォンは目を細めた。血の気の源を知る手がかりがあるかもしれない。
「黒舌、どうだ?百貫だぞ」
「百貫か…まあ、悪くはない。怨念に憑かれた人間を斬るのは気が進まないが、怨霊の魂なら、さっきの夢魔よりはマシだろう」黒舌は即答した。「ただし、愛妾が着ていた絹の着物を土産に要求するぞ」
「剣も服を欲しがるのか。欲深いな」フォンは肩をすくめた。
フォンは男に向き直り、ニヤリと笑った。「受けよう。ただし、前金として二十貫。そして、悪霊の怨念の発生源に関するすべての情報を開示しろ。でなければ、俺は裏切りの匂いを嗅ぎつけるぞ」
男はフォンの冷酷な目に気圧され、すぐに金を差し出した。
「ありがたい!では、すぐにこの地図に記された屋敷へ行ってくれ。主は庭で待っておられる」
二十貫の銭を懐に収めたフォンは、すぐに居酒屋を後にした。彼の足は、地図が示す都の北側、貴族街へと向かう。
やがて、彼は巨大な門の前に立った。
目の前には、豪奢ではあるが、深い闇の影を落とした屋敷がそびえ立っている。門の装飾には、財と権力を象徴する龍が彫られているが、その眼差しはどこか空虚で、腐敗した都そのものを映しているようだった。
フォンは黒舌の柄を握りしめた。
五貫を奪うために命を懸けた村とは違う。ここでは、百貫という巨額の富と、より深く、より邪悪な人間の闇が、彼を待ち受けている。
「さあ、仕事だ。クロベロ」




