血の誓いと、永劫の夜鬼
トラン・フォンは、鬼門山脈を後にした。彼の懐には、白鷺衆から取り戻した霊石が収められている。彼はまず、霊石を、二度と悪しき者の手に渡らぬよう、山深くにある名もなき古社の地下へと厳重に封印した。大地の心臓は、再び静かに眠りについた。
都に戻ったフォンは、草司の隠れ家を訪ねた。草司は、フォンの姿を見て、ただ微笑んだ。
「貴様は、全てを終わらせたようだな。貴様の血は、もはや嵐ではない。深く、静かな湖だ」
フォンは、これまでの全ての戦い、黒縄会の陰謀、白鷺衆の遺物狩り、そして自らの狂気との戦いの顛末を静かに語った。
「俺の血の呪いは、貴様らの言葉で言えば、解かれた」フォンは言った。「だが、力そのものは消えていない。俺は、この力を永遠に保つ道を選んだ」
フォンは、黒舌を畳の上に置いた。黒舌は、長きにわたる戦いと調和の力により、以前の禍々しい輝きを失い、深い黒鉄の色を帯びていた。
「クロベロ。お前は俺の呪いであり、俺の相棒だった。だが、お前が俺を支配する時代は終わった」
フォンは、最後の儀式を行った。彼は、自らの血脈の調和の波動を黒舌へと注ぎ込み、刀身の奥深くに、その力を封印した。黒舌は、力を呼ぶ鍵から、誓いの証へと変わった。フォンが望まぬ限り、その力は解放されない。
「俺は、もう剣を振るう必要がない日常を生きる」
草司は頷いた。「それが、貴様が守護者として選んだ道か。真の夜鬼とは、闇の中で平和を築く者のことだ」
それから、歳月が流れた。
都は、かつてないほどの平穏を迎えていた。大規模な邪気の発生も、奇妙な儀式の噂も、聞こえなくなった。人々は、かつての夜鬼を、悪を滅ぼした伝説の影として静かに語り継ぐ。
トラン・フォンの姿は、二度と公の場に現れることはなかった。
彼は、市井の端で、名もない職人として暮らしを営んでいた。日中は木材を削り、人々と静かに言葉を交わす。彼の顔には、かつての復讐に燃える険しさはなく、穏やかな静けさが宿っている。
しかし、夜が訪れると、彼は誰も知らない道を辿り、都の最も高い場所へと登る。
フォンは、都の灯を静かに見下ろした。全身を流れる紫紺色の血の気は、もはや力ではなく、彼の呼吸そのものだ。
もし、再び都を脅かす大きな闇が現れたなら、彼はためらうことなく黒舌を抜き、その誓いを果たすだろう。だが、それは、呪われた血の衝動からではない。自らが選んだ使命として。
フォンは、風の中に溶け込んだ。彼は、永遠に孤独な守護者として、都の夜の帳の中で、その静かな夜鬼行を続けるだろう。
夜は深く、そして穏やかだった。




