南蛮船の潜入と異国の仕掛け
トラン・フォンは夜の闇に紛れ、港の最奥に停泊している巨大な南蛮船へと忍び込んだ。船体は、日本の木造船とは異なる分厚い木材と真鍮の装飾で覆われ、異国の香辛料と火薬の匂いが潮風に混じっている。船内は迷路のように複雑で、閉鎖的な空間はフォンの紫紺色の血の気をわずかに乱した。
フォンは、**日傘の結界**の力を内側に集中させ、機械的な防御を潜り抜けた。黒縄会が呪符と術者で守っていたのに対し、白鷺衆の船は、鋭い感知器と、巧妙なワイヤートラップが主だった。
船倉の最深部、異様な熱を発する機関室の手前で、フォンは待ち構えていた男と遭遇した。彼は筋骨隆々とした体躯で、分厚い革の作業着を纏い、片手に異国の大型拳銃を構えている。機関長、ゴウだ。
「まさか、ここまで来るとはな、夜鬼。お前のような野蛮な剣士に、我々の仕掛けは破れまい」ゴウは、低く唸るような声で言った。
ゴウは躊躇なく引き金を引いた。フォンは、銃声が響くコンマの瞬間に、**血剣の型・穏:清浄**の制御された力で、船体の鉄板を蹴り、弾丸の軌道を紙一重で避けた。船内の狭い通路では、銃器の威力は増すが、フォンの回避能力もまた、極限まで高まる。
フォンは機関室のパイプやバルブの陰を利用し、ゴウの視野から一瞬で消えた。ゴウが戸惑った瞬間、フォンはゴウの背後に回り込み、黒舌をゴウの右肩にある銃の照準を合わせた。
「…遅い」
一閃。
ゴウの肩の筋肉は斬り裂かれたが、骨には達していない。しかし、その痛みでゴウは銃を取り落とした。フォンは、命を奪う代わりに、敵の戦闘能力だけを奪う**「清浄」**の精度を維持した。
ゴウが倒れ込むのを確認し、フォンは機関室の奥へと進んだ。そこには、盗まれた霊石があった。
霊石は、船室の中央に設置された、複雑な真鍮製の巨大な起動装置に、既に組み込まれていた。装置の表面には、異国の天文図のような模様が刻まれ、組み込まれた霊石は激しく光を放っている。
「これが…霊石の真の用途か」フォンは息を呑んだ。
装置の横には、羊皮紙で作られた、この国の地図が広げられていた。霊石の光は、その地図上の一点、都から遥か離れた、古来より**鬼門**として恐れられる山脈の一角を、明確に示していた。
遺物の真の所在地:呪縛されし大地の心臓—鬼門の奥地。
「奴らの狙いは、霊石そのものではなく、霊石を使って見つけようとした、この国に隠された別の強大な遺物だったのか」
フォンが地図を回収しようとしたその時、背後から馴染み深い、金属の擦れる音が聞こえた。
「相変わらず、汚い真似をするな、夜鬼」
銀色の羽根の飾りをつけた、仮面の女が戻ってきた。彼女の手には、細身の双刃が構えられている。
「貴様!」フォンは地図を掴みながら、女に向き直った。
女は言葉で応じず、霊石が組み込まれた起動装置を、遠隔操作で激しく揺さぶり始めた。装置は安定を失い、船のエンジン室全体が異音を発し始める。
「霊石は諦めろ!貴様の目的は、その地図だろう!」
フォンは一瞬の判断を迫られた。地図(情報)と霊石(鍵)のどちらを選ぶか。
フォンは地図を懐に収めると、黒舌を機関室の要である蒸気パイプに叩きつけた。
**キンッ!**という鋭い音と共に、パイプが破裂し、高圧の蒸気が船室全体に噴き出した。機関室の機能は停止し、船は動けなくなる。
女は、霊石が組み込まれた装置に一瞥もくれず、蒸気と闇の中へと姿を消した。
フォンもまた、混乱する船員や警備員が駆けつける前に、船の側面を飛び降り、冷たい海の中へと潜った。
彼は、新たな遺物の所在地という、決定的な手がかりを手に入れた。彼の次の戦いの舞台は、海から遠く離れた、呪縛されし鬼門の山脈へと移る。




