夜明け後の道と、血の剣の誓い
波止場の隠し砦が轟音と共に海へ崩れ落ちる中、トラン・フォンは夜明けの光の中を歩き出した。彼の体には無数の傷が刻まれていたが、心には、これまでの旅で初めての静寂が満ちていた。**影の君主**は滅び、**黒縄会**の呪いの連鎖は断ち切られた。
東の空には、清々しい朝日が昇っていた。フォンは、もはや**日傘の結界**を使う必要はなかった。血脈の調和を極めた彼の血の気は、光の中でも揺らぐことなく、紫紺色の穏やかなオーラを保っている。
「終わったな、フォン」黒舌は静かに言った。「貴様は、氏族の呪いを、真の力に変えた」
「ああ。俺の旅は、復讐から制御へと変わり、そして今、ここで完成した」
フォンは都に戻り、かつて匿ってくれた盲目の元医師、草司の隠れ家を訪れた。草司は、フォンの纏う空気の変化を感じ取り、微笑んだ。
「勝ったようだな。貴様の血の匂いは、以前の迷いと狂気の匂いではない。静かな覚悟の匂いだ」
フォンは、手に入れた**「蒼血の祖の巻物」**の全てと、統帥・当明が残した血の制御に関する研究資料を、草司の前に広げた。
「この知識は、あまりにも危険だ。俺が制御を極めたとしても、この術式が再び悪しき者の手に渡れば、また新たな悲劇を生むだろう」
フォンは巻物と資料を一つ一つ確認した後、用意した火でそれらを燃やし始めた。巻物に込められた何世紀もの知識と、血の呪いの全ての記録が、炎と共に空へと昇華していく。
「貴様は、全てを消すのか」草司は尋ねた。
「知は力だ。だが、その力が人を縛るならば、存在しない方が良い。俺は、この力を己の内に封じ、外には出さない」
巻物が燃え尽きるのを見届けた後、フォンは立ち上がり、黒舌を手に取った。
「俺は、もはや氏族の呪いに縛られた逃亡者ではない。だが、この世界には、まだ光の届かない闇があり、無力な人々を喰らう鬼がいる。光悦卿や黒縄会のような、人間の形をした鬼だ」
彼の瞳には、決意の炎が揺らめいていた。
「俺は、この調和した血の力を、彼らを守るために使う。闇の中で生き、闇を狩る。誰にも知られず、誰にも感謝されず、ただ、この都の影の守護者として」
それは、トラン・フォンの新たな誓いだった。呪いを解いた彼は、自らの意思で、再び闇へと身を投じることを選んだのだ。
「それが、貴様の選んだ道か。夜鬼の道は、孤独だぞ」草司は静かに言った。
「孤独こそが、俺の調和を保つ術だ」
フォンは草司に深く頭を下げ、夜の闇へと消えていった。
彼の旅は、復讐の旅、呪いの克服の旅を経て、夜明け後の誓いへと変わった。彼は今や、血の剣を纏う、真の夜鬼である。彼の存在は伝説となり、都の闇に潜む悪を、静かに、そして確実に断ち続けるだろう。
『夜鬼行』 は、トラン・フォンが呪いを克服し、新たな使命を見出すことで、この物語を完結とします。




