影の君主との対峙と宿命の終焉
トラン・フォンは、鬼腕の仁王を打ち破り、要塞の最深部へと進んだ。そこは、潮騒がこだまする、巨大な地下の儀式の間だった。岩盤が剥き出しになり、海水が満ちた穴がいくつも開いている。古代の**邪気**が濃密に充満し、肌を刺すような冷たさがあった。
儀式の間の中央には、一人の老人が、簡素な黒い法衣を纏って座っていた。その顔は、都の公家のようにも見えるが、瞳の奥には数世紀の知識と、途方もない傲慢さが宿っている。彼こそが、**黒縄会**を裏で操る真の黒幕、**影の君主**こと、古代の陰陽師、統帥・当明だった。
「ようこそ、蒼血の継承者よ。私の時代から、貴様らのような**半人半鬼**がここまで来るとは、驚きだ」当明は嘲るように言った。
フォンは剣を構え、その老獪な敵を睨みつけた。「貴様が、我が氏族の呪いを仕組んだ真の元凶か」
「仕組んだ?違う。私は、氏族の祖が交わした愚かな契約を、利用可能にしただけだ。貴様の力は、もともと陰と陽のバランスが極めて不安定。制御術とは、その契約に定められた調整弁に過ぎない。私は、その調整弁を外すことで、貴様らの力を我々の兵器にしようとしたのだ」
当明は立ち上がった。彼の周りの邪気が渦巻き、海面から蒸気が立ち上る。彼は、周囲の陽の気とフォンの血の気を、精神的に接続させようと試みた。
「さあ、見せてみろ!貴様の内なる狂気を!制御など、脆い幻想だ!」
当明が手を振ると、フォンの頭に、かつてないほどの激しい悲感の奔流が押し寄せた。それは、数百年分の怨念、そして光悦卿や月影が目論んだ儀式の憎悪の集合体だ。フォンは一瞬、制御を失いかけ、紫紺色の血の気が赤く変色しそうになる。
「フォン!耐えろ!奴の攻撃は、全て精神から来ている!」黒舌が叫ぶ。
フォンは血を吐き出しながら、己の修行を思い出した。制御とは、受け入れること。彼は、押し寄せる怨念を拒絶する代わりに、全てを己の器で受け止めた。彼は日傘の結界を内部に集中させ、怨念の奔流を、その紫紺の調和の中で鎮めた。
「貴様の時代は終わった、当明」フォンは静かに言った。
フォンは、完全に安定した血の気を全身に巡らせた。それは、巻物の最終奥義、血脈の調和。陰と陽、光と影が完璧に共存する、真の蒼血の力だ。
その力は、当明の術が根源から否定する絶対的な調和だった。
「まさか…そんな力は、あり得ない!」当明は初めて動揺した。
フォンは、当明の術が最も脆弱になった瞬間を見極めた。彼は、もはや暴発を恐れない**清浄**の型を発動させた。
血剣の型・終:調和の閃光!
黒舌から放たれたのは、破壊の炎ではなく、紫紺色に輝く純粋な光だった。その閃光は、儀式の間全体に充満する邪気を一掃し、当明の体を、その根源である怨念ごと貫いた。
当明の体は、音もなく塵と化し、その存在は完全に消滅した。彼が仕組んだ、数百年に及ぶ氏族の呪いの輪は、ここに断ち切られた。
要塞全体が揺れ、岩盤に亀裂が入る。海水の満ちた穴から水が噴き出し、崩壊が始まった。
フォンは、巻物の残骸と、当明の残した資料を回収した。彼は、もう追われる必要はない。氏族の呪いと、それを操ろうとした闇の組織は、完全に消滅した。
フォンは、崩れゆく要塞から、波止場の朝日に向かって歩み出した。彼の体は傷ついていたが、その心には、重い枷が外れたかのような、清々しい解放感が満ちていた。
彼の旅は、報復ではなく、宿命の終焉として完成したのだ。




