赤銅の隠し蔵と血脈の支配者
トラン・フォンは、護法から奪い取った鍵を使い、都の地下深くにある赤銅の隠し蔵へと足を踏み入れた。かつて将軍家が兵器を貯蔵していたというその空間は、湿気と冷たい金属の匂いに満ちていた。壁面全てが赤銅で覆われ、わずかな光さえも鋭く反射する。
「嫌な場所だ。お前の血の気が乱れる」黒舌が警告する。
赤銅は呪力を導く性質があり、この空間全体が巨大な呪具と化している。フォンは、自分の血の気が周囲の金属に吸い取られ、制御を失いそうになるのを感じた。
フォンは帳簿に記された情報を頼りに、音を立てずに通路を進んだ。隠し蔵の深奥、最も古い貯蔵室に、黒縄会の総帥がいた。
総帥・月影。彼は顔色が悪く、貴族の衣装を纏っているが、その瞳は冷たく、純粋な知性の光を放っている。彼は、光悦卿の何倍も賢く、そして危険な人物だった。彼の前には、光悦卿が持ち去った**「蒼血の祖の巻物」**の残りの部分と、大量の研究資料が広げられている。
「よく来たな、蒼血の継承者よ」月影はフォンが入口に立つと、振り返らずに言った。「我々の計画を邪魔したおかげで、儀式は遅れたが、貴様が持つ巻物の断片は、我々にとって必要なものだ。貴様自身も、貴重な実験材料となる」
「貴様らが血を操ることに、何の権利がある」フォンは剣を構えた。
「権利?これは知識だ。貴様らの血は、恐怖と狂気に満ちた危険な力。我々はそれを秩序として国家に還元する。貴様は、我々の偉大な計画の完成品となるのだ」
月影は巻物本体から力を引き出し、赤銅の壁に描かれた複雑な呪印を起動させた。地下室全体の空気が凝縮し、フォンを押し潰そうとする。
「愚かな!貴様の不安定な力など、この五行の結界の中では無力だ!」
月影は陰陽道の術式を使い、水の呪力でフォンの動きを封じ、火の呪力で血の気を過剰に活性化させた。フォンの体内の血が沸騰し、頭痛が激化する。
「ぐっ…!」フォンは呻いた。彼の力が、この金属の檻の中で暴れ出そうとしている。
「フォン!奴の術は、全てこの赤銅の結界を通して行われている!結界そのものを破壊しろ!」黒舌が叫んだ。
フォンは、狂気に飲み込まれそうになる意識を必死に保った。月影の狙いは、彼を暴走させ、その過程を記録することだ。フォンは、自分の最大の弱点を利用しようとする敵の企みに、怒りを通り越して静かな決意を固めた。
彼は、暴れ狂う血の気を、敢えて制御することをやめた。代わりに、そのエネルギーを一点に凝縮させ、結界の最も弱い部分——月影が巻物で力を注いでいる一点へと向ける。
血剣の型・破:煉獄の奔流!
それは、制御された剣技ではない。ただ、純粋な破壊の意志を込めた、エネルギーの奔流だ。暴発寸前の血の気が、黒舌を媒介にして爆発的な熱量を放出した。
ドォォン!!
赤銅の壁に描かれた呪印が、フォンの力に耐えきれず、激しい音を立てて砕け散った。月影の五行結界は崩壊し、術の反動が彼自身を襲う。
「ま、まさか…自滅を恐れぬのか!」月影は衝撃で倒れ込み、巻物を手放した。
フォンは結界の崩壊による反動で膝をついたが、すぐに立ち上がった。彼は月影の抵抗を無視し、祭壇に散らばった巻物の残りの部分と、光悦卿の研究資料全てを回収した。
「貴様らが欲しがったものは、全て俺がいただく」
フォンは最後の力を振り絞り、黒舌で祭壇全体と、赤銅の貯蔵室の柱を斬りつけた。赤銅の壁は巨大な音を立てて崩れ落ち始め、地下室全体が振動する。
「これで、お前たちの計画は完全に終わりだ」
月影は絶望の表情を浮かべ、瓦礫の下敷きとなった。
フォンは、王城での戦い、伽藍での戦い、そしてここでの戦いで得た全ての情報と巻物を抱きしめ、崩壊する隠し蔵を後にした。彼の血脈の呪いは、ついに支配者から解放された。
フォンは、再び地上に出た。巻物の全情報を手に入れた今、彼の次の戦いは、外部の敵ではなく、己の血の制御という、最も困難な課題となるだろう。




