日輪の塔の決戦と血脈の夜明け
トラン・フォンはよろめきながら、日輪の塔の最上階へと辿り着いた。息を切らし、腹の傷は熱を発している。彼の体は悲鳴を上げているが、心臓は、ここで全てを終わらせるという戦士の熱情で燃え上がっていた。
塔の頂上は、王城の屋根を見下ろす祭壇となっていた。空気は強烈な陽の気と、生贄の血が混ざった禍々(まがまが)しい**邪気**で満ちている。
祭壇の中央には、光悦卿が立っていた。彼はもはや怯えた貴族ではない。血と呪文が刻まれた法衣を纏い、片手には血に塗れた**「蒼血の祖の巻物」**の本体を掲げている。その周りには、四人の意識を失った人々が横たわっている。贄の数は、まだ七に達していない。
「来たな、継承者よ」光悦卿は狂気じみた笑みを浮かべた。「貴様のおかげで、儀式は加速した。貴様は我が一族の偉業の、最後の仕上げとなるのだ!」
「やめろ、光悦!貴様のやっていることは、先祖の誓いを裏切る行為だ!」フォンは剣を構え、警告した。
「裏切り?違う!これは血脈の清算だ!貴様らの腐った異能は、この国の秩序を乱す!」
光悦卿が巻物を読み上げると、祭壇の呪印が激しく光り始めた。塔の頂上の石板から、黒い血の柱が噴き上がり、天空へと伸びていく。フォンの体内の血の気が制御を失い、脈動する。
「まずい、フォン!血の気が陽気に刺激されて、暴走するぞ!」黒舌が叫ぶ。
フォンは頭痛に耐え、己の怒りと力を必死に抑え込んだ。この場所で血合を使えば、塔ごと吹き飛ぶだろう。彼は剣を捨て、懐から血塗れの巻物の断片を取り出した。
「これが、貴様への答えだ!」
フォンは、断片に記された**『血脈の鎮魂の句』**を叫ぶ。それは、氏族の力が暴走した際、儀式を中断させるために組み込まれた、最後の防御術式だ。
「—幽の血よ、静かに眠れ!光に惑うことなかれ!」
フォンの声が祭壇に響くと、巻物の断片が光を放ち、光悦卿が持つ巻物本体と激しく反発した。儀式の呪印がひび割れ、血の柱が大きく揺らぐ。
「何だと!?巻物に、裏切りの術式が…!」光悦卿は狼狽し、巻物を強く握りしめた。
フォンはその隙を見逃さなかった。彼は再び黒舌を掴み、全身の力をその一撃に集中させる。腹の傷が開き、血が滴る。
血剣の型・終:一念!
それは複雑な剣技ではない。ただ、すべてを断ち切るという、純粋な一念を込めた垂直の一撃だ。フォンの剣は、祭壇の呪印を貫き、巻物を掲げる光悦卿の胸を容赦なく深く突き刺した。
「ぐはあっ…!」
光悦卿の狂気の瞳から光が失われ、その手から巻物が滑り落ちた。血の封印儀式は中心核を断たれ、巨大な音を立てて崩壊した。黒い血の柱は消滅し、犠牲になるはずだった四人の人々は、呪縛から解放され、静かに呼吸を始めた。
光悦卿は、最後まで自らの正義を疑わず、醜く息を引き取った。
「終わったな、フォン。勝ったぞ」黒舌が安堵と疲弊の混じった声で囁いた。
フォンは剣を引き抜き、よろめきながら残された巻物を回収した。呪術師との戦闘音と、儀式の崩壊音で、王城の警備兵たちが塔の階段を駆け上がってくるのが聞こえる。
「逃げるぞ、クロベロ。ここは、日の出に一番近い場所だ」
フォンは塔の最上階の窓から、王城の屋根へと飛び降りた。腹の傷、疲労、そして頭の中には、血脈の真実と呪いの謎が残っている。
百貫の銭は失ったが、彼は多くの命と、自身の魂の平穏を守った。
夜明けが近い。東の空がわずかに白み始めている。
フォンは、自らの血の呪いと、王城の闇を背負い、再び都の雑踏の中へと姿を消した。彼の血脈の旅は、真の夜明けを迎えるために、まだ続いている。




