呪将の結界と血剣の反乱
「儀式の贄として、貴様の血は最高の清算となるだろう」
呪将の声が響くと同時に、塔の麓に敷かれた石畳に、複雑な呪印が刻まれた結界が展開した。それは、物理的な壁ではなく、フォンの血の気を抑圧し、彼の内なる**邪気**を暴発させるための、精神的な檻だ。
「さあ、苦しめ、トラン・フォン。この塔は、日輪の陽気と儀式の邪気が混ざり合う、貴様にとって毒の地だ!」
呪将は余裕の笑みを浮かべ、手に持った呪具を振るった。呪縛の力がフォンの体を重くする。そして、塔の頂上から漏れ出る青白い光が、フォンの皮膚を突き刺した。巻物で予見された通り、陽のエネルギーが血の気を暴走させる。
フォンの全身の赤いオーラが、制御不能なオレンジ色に変色し始めた。頭痛が再発し、過去の凄惨な**悲感**の記憶がフラッシュバックする。彼は剣を握る腕が震えるのを感じた。
「効いているな!貴様の力は、所詮、感情と闇に依存した脆い代物だ!」
「ちくしょう…!」フォンは呻き、呪将に向かって駆け出した。しかし、結界に触れた瞬間、彼の血の気が弾け飛び、全身に激痛が走る。
「無駄だ!貴様の力では、この呪印を破れない!」
「フォン!落ち着け!」黒舌の声が、焦燥を帯びて響く。「お前の血の気は不安定すぎる。このままでは自滅する!聞け、血の気を俺に全て注げ!」
「何を言っている!貴様に俺の力を渡せば、俺はただの人間になる!」
「違う!一瞬だ!俺は邪剣だ。お前の不安定な血の気と俺の邪気を一時的に融合させ、この呪縛の結界を逆に利用するんだ!成功すれば、お前は一時的に制御を得る。失敗すれば、俺たち二人とも消滅だ!」
フォンには他に道がないことを悟った。腹の傷が悲鳴を上げている。このままでは、呪将の術に屈するだけだ。
フォンは深呼吸をし、心臓の奥底にある血の気の源流を開放した。体内の血が沸騰するような感覚と共に、赤いエネルギーが黒舌へと奔流となって流れ込んだ。
「行くぞ、黒舌…!」
「覚悟しろ!血剣の型・暴:血合!」
黒舌の刀身は、一瞬にして禍々(まがまが)しい漆黒に染まり、赤い脈動を始めた。刀身から放たれるエネルギーは、フォン個人の血の気ではない。それは、黒舌の邪悪な集中力と、フォンの持つ氏族の血の力が融合した、制御不能な破壊の奔流だ。
フォンは再び結界に飛び込んだ。今度は、結界は血の融合エネルギーを抑え込むことができない。結界は悲鳴を上げ、まるでガラスのように砕け散った。
「馬鹿な!私の結界が…!」呪将は驚愕し、防御の術を唱えようとした。
フォンはその隙を見逃さなかった。彼は血合の力で加速し、呪将の眼前に迫った。この攻撃は、力の制御を放棄した暴発に近い。
「消えろ!」
黒舌の一撃は、呪将の全身に直撃した。呪将の法衣は焼け焦げ、体は壁に叩きつけられ、その場で動かなくなった。彼の口から血が流れ、呪具が音を立てて石床に落ちた。
勝利した。だが、フォンの体は限界を超えていた。融合の反動で、全身の筋肉が激しく痙攣する。
「やったな、フォン…だが、この反動は一刻は続くぞ…」黒舌は疲弊した声で言った。
フォンは壁に手をつき、荒い呼吸を繰り返した。彼は日輪の塔の階段を見上げた。最上階からは、儀式の邪悪な光がより強く輝いている。
時間は稼いだ。しかし、儀式を止められるのは、この満身創痍の体だけだ。
フォンは腹の傷から滲み出る血を拭い、黒舌を抱きしめるように握りしめた。王城の警備兵の怒号が、遠くから近づいてきている。
最後の決戦の場へ。フォンは、よろめく足取りで、日輪の塔の階段を上り始めた。




