王城潜入と七日間の儀式
トラン・フォンは、腹の傷を押さえながら都に戻った。彼の眼前にそびえ立つ王城は、都の心臓部であり、城壁は天を衝くかのようにそびえ立つ、難攻不落の巨大な砦だ。
「ここが、日輪に最も近い場所か…」フォンは低い声で呟いた。
「どうする?あんな場所、まともな門から入れるはずがないぞ」黒舌が警告する。「それに、お前の体はまだ万全ではない。血の気が暴発寸前だ」
フォンの頬は蒼白だが、決意は固い。彼は残りの銭を使い、裏社会の繋がりを通して城下町の汚水路の地図を手に入れた。王城の厳重な警備は外郭に集中している。フォンが選んだのは、最も汚く、最も危険な道だった。
深夜。フォンは城壁の最下部にある、小さな排水溝に身を滑り込ませた。汚泥の臭いと、腐敗した水の音が周囲を満たす。腹の傷が脈打つたびに激痛が走るが、彼はその痛みを意志力でねじ伏せた。
汚水路を数刻進むと、城壁の内側、使用人たちが利用する裏口の近くへと辿り着いた。ここで、彼は初めて、儀式の**「気配」**を肌で感じた。
空気には、古びた邪気と、生々しい血の匂い、そして言いようのない恐怖が混じり合って漂っている。
「間違いない。儀式は始まっている」フォンは喉を詰まらせた。
「この邪気は…嫌な生臭さだ。すでに何人か贄に捧げられたな」黒舌が嫌悪を露わにする。
フォンは、衛兵の目を盗み、厨房の裏手の薄暗い廊下へと侵入した。城内の配置図と、源蔵から奪った帳簿の記述を照らし合わせる。儀式が行われているのは、王城で最も高い建物——**『日輪の塔』**だ。
塔へと続く廊下には、通常の衛兵とは異なる、奇妙な装飾を施した鎧を纏った侍たちが配置されていた。彼らは皆、無表情で、その瞳の奥には、光悦卿の邪な紋章が焼き付いているかのように見える。
**悲感**がフォンを襲う。彼は塔の影に潜むたびに、儀式のために捕らえられ、監禁された人々の絶望と叫びを聞く。
——「助けてくれ、俺はただの農民だ…」「光悦卿様、なぜ…」
被害者たちがすでに三人以上いることをフォンは悟った。七日間の儀式のうち、今日で三日目か四日目。残された時間は少ない。
「急げ、フォン。奴らが儀式を完成させたら、お前の血脈は終わりだ」
フォンは衛兵たちとの接触を避け、影から影へと移動した。彼の動きは、傷のために鈍く、以前のような華麗な剣舞は封じられている。彼は体内の血の気を、治癒ではなく、周囲の邪気を抑え込むための盾として使うしかなかった。
やがて、彼は王城の中庭を抜け、日輪の塔の基底部に辿り着いた。塔は、都全体を見下ろすように聳え立ち、その最上階からは、青白い、不気味な光が漏れ出している。
その時、フォンは塔の入り口に立つ人影に気づいた。その男は、他の衛兵たちとは一線を画す、黒い法衣を纏い、手に呪具を握っている。彼の周りの空気は歪み、闇そのものが凝縮しているかのようだ。
光悦卿の雇った呪術師、**呪将**だ。
呪将はフォンが身を潜めた影に向かって、静かに語りかけた。
「そこにいるのは分かっているぞ、蒼血の継承者よ。お前の血が、この聖域を穢している。光悦卿の儀式は、すでに半ばを過ぎた。貴様のような半端者が、我々の邪魔をすることは許されない」
呪将はゆっくりと振り返った。その顔は、冷たい笑みを浮かべている。
「さあ、上がってこい。儀式の贄として、貴様の血は最高の清算となるだろう」
フォンは影から出た。満身創痍の体と、赤く燃える黒舌。彼の腹の傷口から、わずかに血が滲んでいる。
目の前には、儀式の守護者。頭上には、血塗られた儀式。逃げ場のない、絶体絶命の状況だった。




