継承者の死闘と破られた巻物
地下古文書庫の冷たく湿った空気は、一瞬にして、二人の剣士の激しい殺気によって熱を帯びた。トラン・フォンは怒りに燃え、式部は巻物を守る冷徹な決意を秘めていた。
「貴様を討ち、この腐った血筋に終止符を打つ!」式部が叫び、刀を振り下ろした。その一撃は、光悦卿の用心棒とは比べ物にならないほど鋭く、正確だった。
フォンは体勢を低くし、式部の剣を黒舌で受け止めた。*ガキン!*という金属音が、狭い書庫に反響し、壁に並んだ石板を震わせた。
「あのクソ貴族の番犬風情が、偉そうな口を叩くな!」フォンは渾身の力を込め、式部を押し返した。
式部は冷静だった。彼は巻物の知識を応用しているのか、その動きには微かに邪悪な符丁が見え隠れする。刀から放たれる斬撃は、血の気を纏ったフォンの皮膚を掠めるたびに、凍てつくような痛みを伴った。
「貴様の力は、所詮、怨念と怒りに頼る危うい力。対して、我が主の力は、数百年かけて築かれた秩序だ!」
式部は素早く距離を取り、巻物から目を離さずに片手で印を結んだ。古文書庫の隅に置かれていた、蒼血の氏族の先祖が書き記したであろう石板が、一斉に崩れ落ち、フォンの退路を塞いだ。
「卑怯な手を使うな!」フォンは怒りを爆発させた。
「戦いに卑怯も正義もない。勝者こそが真実だ!」
式部は再び襲いかかる。その剣はもはや単なる鉄ではなく、怨念を吸い込んだ魔剣と化していた。
「フォン!ここでやられたら、俺の百貫が水の泡だぞ!本気を出せ!俺の血を飲め!」黒舌が焦燥した声を上げた。
フォンは血の気の奔流を解き放った。古文書庫に充満していた氏族の古い血の気が、フォンの力を増幅させる。
血剣の型・捌:煉獄!
フォンは回転し、全身の血の気を螺旋状に凝縮させ、一瞬で式部の懐に飛び込んだ。黒舌が放つ熱量は、煉獄の炎のように周囲の闇を焼き払う。
式部は間一髪で防御の構えを取ったが、煉獄の剣撃は彼の防御ごと粉砕した。式部の鎧が砕け、その胸から鮮血が噴き出す。
「ぐ…馬鹿な…」式部は絶句した。
しかし、式部は最後の力を振り絞り、懐から**「蒼血の祖の巻物」**を取り出し、フォンに投げつけた。
「死なば、道連れだ!」
巻物がフォンの顔の前に展開した瞬間、フォンは剣を振り上げることを躊躇した。巻物には、彼の氏族の歴史と、力の真実が詰まっている。彼はそれを守らなければならない。
フォンは咄嗟に剣の軌道を逸らしたが、その剣の切っ先が巻物を捉えた。
バリバリッ!
硬い羊皮紙が引き裂かれる、乾いた音が響いた。巻物の下半分が、血の剣によって無残にも切り裂かれて宙を舞った。
その一瞬の隙に、式部は胸の傷から血を吹き出しながら、血を塗った小太刀を取り出し、フォンの腹部に突き立てた。
「貴様は…全てを…得ることはできない…!」
フォンは激痛に呻いたが、退かなかった。彼は小太刀が食い込んだ腹を構わず、黒舌を式部の首元へと深く突き刺した。
式部は絶命し、その体は冷たい石床に崩れ落ちた。彼の目には、巻物を守りきれなかった無念の念が宿っていた。
フォンは腹の小太刀を引き抜き、激しく出血しながらも、地面に散らばった巻物の残骸を必死に回収した。上半分の巻物と、切り裂かれた下半分の一部。
「フォン!早くここを離れるんだ!奴らの足音が近づいてきている!」黒舌が危機感を露わにする。
フォンは巻物の残骸を濡れた布で包み、懐にねじ込んだ。失った情報がどれほど重要かは分からない。しかし、これこそが、命を懸けて勝ち取った、血脈の真実の断片だ。
腹を押さえ、血で汚れた巻物を抱きしめながら、フォンは古文書庫の闇へと、這うように姿を消した。彼の旅はまだ、終わらない。




