地下の迷宮と血の継承者
フォンは、追っ手の怒声が響く中、朽ちた石の階段を滑り落ちるように駆け下りた。伽藍の地下は、地上とは全く異なる世界だった。空気は冷たく湿り、滴る水音がこだまする。闇は深く、フォンの赤い血の気がなければ、一寸先も見えないほどだ。
源蔵の隠し地図を頼りに、フォンは狭い通路を進んだ。壁には、数百年前の仕掛けであろう、圧力板や毒針の噴出口がいくつも仕込まれている。彼の血の気がそれらの危険を微かに感知し、本能的に回避させた。
「まるでネズミの穴蔵だ。もっと華々しい舞台を期待していたぞ」黒舌が不平を漏らす。
「ここは守りを固めるために造られた。それだけ、巻物に価値があるということだ」フォンは囁き、耳を澄ませた。前方に、光悦卿の部下たちが松明を掲げ、迷路のような通路を警戒しながら進む音が聞こえる。
通路の脇に、古びた祭壇のような空間があった。フォンは追っ手を避けるため、一瞬身を潜めた。祭壇には、黒く変色した石板が横たわり、血と煤で覆われている。
フォンがその石板に触れた瞬間、激しい**悲感**の奔流が彼を襲った。
——壮大な血の祭儀。蒼血の氏族の長たちが、自らの力を国の平和のために差し出す。しかし、その力は時の権力者によって恐れられ、裏切られる。惨殺される仲間たち。そして、残された者たちが、力と巻物を地下深くへと封印する、血塗られた誓いの光景。
フォンは激しい頭痛に耐えながら、その場で膝をついた。氏族の力は、もともと誰かを呪うものではなく、国を守るための力だったのだ。光悦卿の一族は、その力を恐れ、根絶やしにしたに過ぎない。
「貴様は…自分の血の重さを知ったか?」黒舌が問うた。
「ああ。俺は、裏切られた者たちの血を引いている…」フォンは立ち上がり、目に強い決意を宿した。
彼は追っ手の集団を迂回し、帳簿が示す最終目的地——伽藍の深奥、古文書庫へと急いだ。
書庫の入り口は、巨大な石扉で閉ざされていたが、すでにこじ開けられた跡があった。フォンが中へ踏み込むと、内部は広い空間になっており、壁沿いに膨大な数の石板や古文書が並んでいる。そして、部屋の中央で、一人の男が立ち尽くしていた。
その男は、他の用心棒とは格が違った。四十代ほどの厳つい顔つきで、高級な鎧を身に纏い、背筋が真っすぐに伸びている。光悦卿の最高警護役、**式部**だ。彼の足元には、力尽きた守衛たちが倒れている。
式部の手には、古びた羊皮紙の巻物が握られていた。間違いなく、**「蒼血の祖の巻物」**だ。
「遅かったな、血剣トラン・フォン」式部は巻物を見つめたまま、冷徹な声で言った。「貴様が手間取っている間に、我々はこの伽藍の真の宝を手に入れた。貴様は、その腐った血筋の過去を知る術を、永遠に失った」
フォンは息を呑んだ。あと一歩、間に合わなかった。
「その巻物を渡せ!」
「渡すだと?笑止。我々は、この巻物に記された術式を用いて、貴様ら蒼血の氏族を完全に消し去るつもりだ。貴様のような危険な異能者は、この世にあってはならない」
式部は巻物を鎧の懐にしまい、ゆっくりと刀を抜き放った。その刀身には、かすかに邪悪な符丁が刻まれている。
「貴様の旅は、ここで終わりだ。継承者よ。貴様の血の呪いは、我が主の手によって断ち切られる」
フォンは剣を構えた。地下の密閉された空間で、激しい殺気がぶつかり合う。巻物を巡る運命の戦いが、今、幕を開ける。




