おにぎりと霧の村の死体
雨が降りしきり、古びた村の祠の屋根を激しく叩いている。その水音は、まるで目に見えない葬列の拍子木のように響いた。腐りかけた木の扉の隙間からは、晩秋の凍えるような冷たさとともに、血と混ざり合った泥土の生臭い臭いが流れ込んできた。
トラン・フォンは隅にうずくまり、硬くなったおにぎりを震える手で握っていた。かじりつくたびに「ボリボリ」という音が、雨音の中で場違いに響く。
「随分と気味の悪い食い方をするな、フォン。」
金属が擦れ合うような、しわがれた声が響いた。祠にはフォン以外誰もいない。いるのは、彼の隣の壁に立てかけられた、黒ずんで刃こぼれした一振りの剣だけだ。
フォンは乾いた米を喉に流し込み、剣を睨みつけた。「黙れ、クロベロ。お前が食えるなら、このおにぎりをお前の底なしの口にねじ込んでやるところだ。雷が落ちる外に投げ出されたいか?」
「無礼な!この俺は邪神剣、万物の恐怖、そして—」
「錆びた文鎮だろ。」フォンは遮り、手を払って立ち上がった。彼は破れた蓑衣を整えると、それまでのだらしない様子とは裏腹に、その目に鋭い光が宿った。「来たぞ。」
祠の扉がギィと音を立てて大きく開いた。風ではない。
巨大な影がぬっと入ってきた。身長は二メートルを超え、全身が濡れているが、それは清らかな雨水ではなく、青黒いねばねばした粘液だ。彼は破れた農民服を着ており、縫い目が粗い継ぎはぎだらけの灰色がかった皮膚を露出させていた。
これは人間ではない。これは化け屍 (バケシカバネ - Bake-Shikabane) — 邪気に侵された死体だ。
「ナマ…肉…」怪物はうめき声をあげた。鼓動を失った胸から、ドロドロとした低い音が漏れる。
フォンはため息をつき、右手で黒舌の柄を握った。「なあ、おじさん、俺は雨宿りさせてもらっているだけなんだ。わざわざ『ナマ肉』でご馳走してくれなくてもいいだろう?」
化け屍にはユーモアが通じない。一際大きな咆哮を上げると、その巨体に似合わない驚異的なスピードでフォンに突進してきた。長いナイフのような爪を持つ手が空気を引き裂き、フォンの首をめがけて襲いかかる。
キン!
暗闇の中に火花が散った。フォンは剣を抜いて攻撃を受け止めた。その千斤の重さで、フォンの足は割れた石畳の床に深くめり込んだ。
「弱すぎだ!朝飯はまだか?」黒舌がフォンの頭の中で叫んだ。「そいつの腕を切り落とせ!俺は血が欲しい!」
「うるさい!」フォンは歯を食いしばり、腕に力を込めた。
フォンの右腕の筋肉が突然膨張し、黒い筋が古木の根のように手首から首筋へと這い上がった。赤黒い気が噴出し——血の気(ちのけ - Chi no Ke)——が剣の刃を包み込む。
「失せろ!」
フォンは叫び、怪物を遠くへ弾き飛ばした。態勢を立て直す間も与えず、彼は飛び込んだ。その身のこなしは、一匹のクロヒョウのように素早い。
血剣の型・壱:斬月!
赤く燃える半月状の剣閃が暗闇を切り裂いた。化け屍は右腕を切り落とされ、苦痛の叫びを上げた。腕は地面に落ち、水を得た魚のようにピクピクと痙攣した。
しかし、恐ろしいことに、切り口から数十本の小さな黒い触手のようなものが飛び出し、切り離された腕に絡みつき、まるで何事もなかったかのように再び接続した。
「なんだと!?」フォンは目を見開いた。「クロベロ、お前はこいつが下級だと保証したはずだぞ?」
「あ…いや、その…」黒舌は口ごもった。「どうやら、こいつは何か栄養のあるものを食べたようだ。例えば…童貞の心臓とか?」
フォンは舌打ちした。怪物が再生能力を持っているなら、戦いは長引く。そして、フォンは長く戦うのが一番嫌いだ。疲れるし、力を使うとすぐ腹が減る。
化け屍は再び狂ったように襲いかかってきた。今度は手を使わず、耳まで裂けたような大きな口を開け、ギザギザの歯を見せ、緑色の毒ガスを吹き出した。
フォンは息を止め、後ろに飛び退き、祠の柱を蹴って梁の上へと跳躍した。毒ガスが触れた場所はどこでも、木材や石が「ジュウジュウ」と音を立てて溶けていく。
「この祠を鍋に変えるつもりか?」フォンは額の汗を拭った。
彼が下を見下ろすと、怪物は上を見上げ、濁った目玉でフォンをじっと見つめている。その瞬間、フォンの脳裏に一瞬の映像がよぎった。それは彼のものではない記憶。
嵐の中で幼い子供を守ろうとする父親。山賊の一団が襲いかかる。理不尽な刃。死に際の極度の怨念。
フォンの心臓に痛みが走った。これこそが、彼が最も嫌う呪われた能力——悲感(ヒカン - Hikan)—だ。彼は自分が殺そうとしているものの苦痛を感じ取ってしまう。
「そうか…お前は子供を守って死んだが、怨念が強すぎて鬼と化したのか。」フォンは囁いた。その眼差しはわずかに和らいだが、剣を握る手はさらに固く握りしめられた。「死んだなら休むべきだ。さまよっていては、息子さんも黄泉の国で安心して眠れないだろう。」
「感傷的になるな!さっさと殺せ!」黒舌がわめいた。
フォンは深く息を吸い込んだ。全身の血が沸騰する。血の気は剣だけでなく、今や彼の体全体を包み込み、薄く燃えるような鎧を形成した。
「終わりだ。」
フォンは梁から手を放し、自由落下した。
化け屍は咆哮を上げ、両手を広げて迎え撃とうとした。
しかし、フォンは斬らなかった。彼は空中で体を回転させ、剣の柄で怪物の額を強打した。
ドスッ!
強烈な衝撃波を伴った一撃で、怪物は動きを止め、よろめいた。その一瞬の隙に、フォンは背後に回り込む。
血剣の型・参:滅殺!
フォンは剣の刃を怪物の首筋にまっすぐ突き立て、背骨を貫通させ、この死体を操っていた邪悪な神経中枢を完全に破壊した。同時に、剣から噴き出した血の気が怪物の体内で爆発し、汚染された細胞すべてを焼き尽くした。
怪物は硬直した。咆哮は途切れ、その体は崩壊を始め、真っ黒い灰となって、風雨の中にパラパラと舞い散った。
地面には、安物の勾玉の欠片だけが残されていた。
フォンは剣を鞘に収め、荒い息をついた。彼はその勾玉を拾い上げた。そこには「安」という文字が雑に彫られている。
「またタダ働きの一夜か。」フォンは呟き、勾玉を懐にしまった。「この散らかったゴミを片付けた代償に、村長が十分な報酬を払ってくれるといいんだが。」
「俺はまだ腹が減っているぞ。」黒舌が文句を言う。「こいつの血の気は薄すぎる。俺は乙女の血か、せめて太った役人の血が欲しい。」
「お前は喋りすぎる。俺だってまだ腹ペコなんだ。」フォンは腹を叩いた。先ほどのおにぎりは、数合の剣のやり取りで完全に消化されてしまったようだ。
その時、外からドタドタという足音が響いた。松明の光が雨を通してきらめいた。
「中にいるぞ!赤い光が見えた!」男の一人が叫んだ。
「妖人だ!そいつを殺せ!」
棍棒や槍を持った村人たちが祠になだれ込んできた。彼らは灰の山を見て、破壊された祠を見て、そして、赤い光が消えきっていない目と、殺気を放つ黒い剣を持つフォンを見た。
「こ…こいつが怪物を食ったんだ!」一人の老女が震えながらフォンを指さして叫んだ。
フォンは呆然とした。「え?違う、誤解だ。俺はただ…」
「そいつを殺せ!鬼の仲間だ!」
石が一つ飛んできて、フォンの額に当たった。血が流れ落ち、片目を覆い隠す。
フォンは立ち尽くした。肌の痛みなど、心の中の疲労に比べれば何でもない。彼は彼らを救ったのだ。あの苦しむ魂を解放したのだ。しかし、彼らの目には、フォンもまたただの別の怪物でしかなかった。
「逃げろ、このバカ。」黒舌が言い、その声はいつになく落ち着いていた。「彼らには分からない。」
フォンはうつむき、苦々しい、歪んだ笑みを浮かべた。
「そうだな。逃げるさ。いつものように。」
フォンは一握りの火薬を地面に叩きつけた。ドォン! 白い煙が立ち込め、視界を遮る。村人たちが煙を払い退けた時には、若者と黒い剣の姿は、雨降る夜の闇の中に消えていた。残されたのは、冷たい石畳の上に転がる食べかけのおにぎりだけだった。
翌朝、雨は止んでいた。空は晴れ渡っている。
霧の村から十マイル離れた、道端の茶屋にて。
トラン・フォンは椅子に足を組み、手の中で勾玉を弄んでいた。彼は茶屋の壁に貼られた高札を熱心に見つめる。
手配書
罪人: 血剣 トラン・フォン
罪状: 公共物損壊(祠)、治安紊乱、邪術行使の疑い。
報奨金: 50貫の金。
「ねえ、おじさん」フォンは団扇を振るう店主に尋ねた。「50貫の金って、牛肉フォー何杯買える?」
店主は目を細めた。「百杯は買えるだろうな、若いの。どうした?そいつを捕まえるつもりか?聞くところによると、そいつは頭が三つ、腕が六本あって、人を食っても骨も吐き出さない化け物だそうだ。」
フォンは声を出して笑った。その笑い声は朗らかだが、目の奥は深く澄んでいる。彼は勾玉をテーブルに置いた。
「いえ、ただ自分の首の価値が気になっただけです。フォーを一杯ください。ネギ多め、肉抜きで。お金がないので。」
足元に立てかけられた黒舌が「ブルブル」と震えた。もしそれに口があったなら、間違いなくフォンの顔を見て笑い転げているだろう。
フォンは熱いスープをすすり、胃に広がる温かさを感じた。旅はまだ長い。鬼はまだそこにいる。そして、彼の胃袋はいつも空っぽだ。
しかし、少なくとも、彼はまだ生きている。




